今月の【風刺マンガ】(橋本勝さんのご厚意で「毎月」更新します)

                           (「コメント」は芹沢です)

◆「都心に一番近い「原発」は横須賀の米原子力空母!(2018/12)

 

 原子力規制委員会が稼働から寿命の40年経過した東海第二原発の「延長稼働」を認めた。

 原子力規制委員会は次々と再稼働を認める規制ではなく「再稼働許可委員会」である。東海第二原発から30キロ以内の住民100万人が避難できる訳はあるまい。

 しかし、もっと身近にある原発が横須賀の「米原子量空母」である。首都圏の人口は100万人処ではない。しかも、原子力空母や原子力潜水艦は動いておりより危険である。

 避難計画、避難訓練を義務づけてまで再稼働がどうして必用なのか!電気は足りている!

 福島原発のメルトダウンの核燃料の状況も処分方法も分からず、最終処分処か、除染土砂の処分も決まらないなかで、これ以上「核のゴミ」を増やしてどうするのか!この無責任ひどすぎる!

◆「三鷹事件」再審で集会(2018/11)

  戦後の鉄道「三大疑獄事件(松川、三鷹、下山)」の一つである「三鷹事件」は1949年7月15日夜、国鉄三鷹電車区から無人電車が暴走し、死者6名負傷者20名を出した重大事件である。

 当初、「共産党」の仕業とされたが党員10名は無罪、非共産党員の竹内景助さん一人が無期懲役の判決を受けた。東京高裁は「口頭弁論」も開かず書類審査だけで無期から死刑判決に、更に最高裁では8対7の一票差で死刑を確定させた。

 11月24日に都内の武蔵野スイングホールで『三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会』の総会が開かれ100名余りが参加した。

 最初に当会の代表世話人の堀越作治さんから主催者挨拶があった。一橋大学生だった堀越さん(後、「朝日新聞」記者)」は、事故当時に三鷹駅のホームで事故を目撃し、直ぐに救命活動に参加したがMPに「ゲットアウト」と強制排除された体験者である。続いて「日本救援会」中本部代表の望月憲郎市からも挨拶があった。

 その後、再審弁護団の米倉勉弁護士から経過報告があり、弁護団の最終意見書は9月に提出し、検察の意見書は11月末で、12月14日の「三者協議」で結審予定との報告があった。尚、決定は来春の年度内ではないか?との方向である。

◆「今市女児殺害事件」高裁判決に抗議!(2018/8)

 「今市女児殺人事件」で東京高裁は8月3日、流石に地裁の「自白は信用できる」での有罪・無期は無理と破棄し、車の「走行記録」と「母への手紙は信用できる」と改めて無期を追認した。

 少女の「服もランドセルも靴」も、凶器さえ発見されない自白がどうして信用できるのか。そもそも、事件から8年後の「別件逮捕」である。

 検察が殺害時刻を「1日午後2時38分~2日午前4時ごろ」に、また場所を「栃木県内、茨城県内、またはそれら周辺」と訴因変更した事は時間も場場所も特定できず、「何処でもいい」と言っているに等しい。

 しかも、何と裁判官が検察に何度も【自白のほかに証拠はないのか】と質問(朝日、東京)したとある。つまり、裁判所が「有罪ありき」で検察に有罪方向への訴因変更を求め、それに従った検察の主張を高裁が追認したとは言語道断である。つまり、この無期判決は検察と裁判官がグルで作った「共同合作」判決である。「母への手紙は」証拠では無く自白の一種で、自白は証拠にはならず、高裁も証拠と言えず「複数の状況証拠などを総合的に評価」すればを犯人と言えると自信のない判決である。

 また自白の録音を証拠から排除したのは当然で、裁判官の言う通り「不当な取り調べ」が無いかを確認する手段で自白・有罪を裏付ける目的ではない。それが許されるなら捜査せず自白を迫り録画すれば済みます。冤罪の殆どが自白しており、彼らが自白をさせるのは意図も簡単なのである。

 そのそもこの裁判官と検察との合意の訴訟指揮は違法である。裁判官は検察、弁護双方の言い分と証拠から判断すべきだ。それを、検察に「自白以外に証拠はないのか?」と聞くとは論外であり最高裁は正義を発揮すべきだ!

「今市事件」パンフ.pdf
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『東京新聞』2018.8.3他

◆【都内で「死刑囚再審】支援の集会開催(2018/7)

 東京水道橋の全水道会館で6月23日、『無実を叫ぶ死刑囚たち~狭き門のまえで』が開かれた。当日は幾つもの冤罪を救済してきた大分弁護士会の徳田靖之弁護士など冤罪を支援する弁護士が遠方から駆けつけた。

 最初に幾つもの再審を支援している徳田靖之弁護士から「飯塚事件」の報告があった。この事件のDNA鑑定は足利事件の鑑定をした「同じ人が同じ方法」で鑑定しており、足利事件の再審でDNA鑑定が否定され菅谷さんは無罪を勝ち取った。

 その足利事件の再鑑定が行われる旨の報道がされたそのわずか12日後の2008年10月28日久間さんは処刑されている。初めての死後再審で、徳田弁護士は久間さんが処刑されたのは「自分がもっと早く再審請求しなかったから」と生涯かけて冤罪を晴らすと表明した。

 当日は他にも「袴田事件、鶴見事件、市原事件、風間事件、山梨キャンプ場事件、松本事件・・・」などの報告があった。

 冤罪を無くすために「全証拠の開示、完全な可視化、代用監獄廃止」などを実施すべきである。一方で今月から「司法取引」や、証言を拒否できない「刑事免責制度」が導入され冤罪が増える可能性がある。

  「袴田事件」を訴える姉の秀子さん      「飯塚事件」を訴える徳田靖之弁護士

◆東京・文京クミンセンターで「冤罪」を訴える集会(2018/6)

 東京の「文京市民センター」で6月21『検察は再審を妨害するな!くり返すな冤罪!市民集会Ⅱ』が開かれ、全国で冤罪と闘っている弁護士や支援者が集った。

 記念講演として最初に「湖東記念病院人工呼吸器事件」の井戸謙一・主任弁護人(元裁判官)から経過報告があった。続いて満期出所し再審開始で検察が特別抗告中)した当事者の西山美香さんと、「東住吉事件」で無罪確定後(検察控訴出来ず)国賠を闘っえいる青木恵子さんからアピールがあった。

 休憩を挟んで袴田事件の西嶋弁護団長と袴田秀子さんからの報告があり、その後「松橋事件、大崎事件、北陵クリニック筋弛緩剤事件」の弁護士などから経過報告があった。冤罪は日常茶飯事で多くの人に感心を持って欲しい。

 最後に再審法改正をめざした連帯挨拶があり、「集会アピール」が採択され終了した。

◆新潟「山古志」の棚田を観てきた!(2018/6)

 山間地の「山古志」はトンネル掘削が悲願だった。村民は協力して自身の力で昭和8年から18年かけて(「戦争で「一時中断」)手堀で900メートルのトンネルを完成させた。

 手掘りのトンネルとしては日本一とのことで、土木学会から「土木遺産」に認定されている。平成10年に隣に立派なトンネルが完成し50年の使命を終えたという。

 このトンネルは一部内部が公開され見学ができ、説明・案内板も掲示してある。

 堅い岩への「ツルハシ」の跡を触わり、村民の思いを考えると胸が熱くなった。

 この実話は映画『掘るまいか』にもなったが、他にも多くのドキュメンタリーを制作したその監督・橋本信一氏は50歳という若さで早世した。

 現地には「災害復興館」があり、震災当時の状況展示があり、またキレイな「山古志の四季」などの映像も視られる。

◆大分「坊がつる」に行って来た!(2018/6)

 

 北は「利尻富士」から、南は屋久島「宮之浦岳」まで50年余り山歩きをしてきたが、念願だった「坊がつる」に行って来た。

 長者原の駐車場から歩き始めると直ぐ広大な「タデ原湿原」、その中を突っ切って新緑の森のなかへ一時間半ほど登り「雨ケ池」に着いた。

 ここは「ミニミニ尾瀬」という感じでミヤミキリシマが咲いていた。更に30分ほど歩くと眼下に広大な「坊がつる」が見えやっと来た!の思い。 その草原の中を30分ほどで法華院温泉山荘に着いた。近くにはテントでキャンプしている人たちも居た。

 予想より大きいキレイに掃除され展望室もあり素晴らしい山荘だった。従業員も対応がよく、私は雑魚寝の大部屋に泊まった。

(ミヤマキリスマ)

◆知っていますか?「岡まさはる記念 長崎平和資料館」(2018/6)

 

 戦争と言えば誰でも「悲劇」は訴える。しかし「加害・責任」考えることをしない。あの戦争で日本人犠牲者310万人とよく言われるが、中国では少なく見ても1000万人(しかも多くは市民)、アジアでは2000万人の犠牲を強いたが、その皆さんに何の責任もない。いったい誰が何処で始めた戦争なのか。
 その「加害展示」をしている長崎の『岡まさる記念長崎平和資料館』に行ってきた。長崎駅前から1キロ足らずの場所に在り、入り口を入ると正面に修学旅行生たちが届けた「千羽鶴」がいっぱい飾ってあり、その子供らの「感想文集」が何十冊もき届き展示してあった。所狭しと階段の壁にもいっぱい展示され、図書コーナーもある。1~3階に展示され、二階には「強制連行、南京大虐殺、韓国・朝鮮人被害者、戦後保障、侵略と皇民化・・・・」などに分類展示してある。また権力に抗し平和と民主主義に貢献しなら弾圧された「小林多喜二、長谷川テル、山本宣治、尹東柱・・・」などの展示もしてあった。機会がありましたら是非お尋ね下さい。

◆【私の発言】

「靖国嫌な人に強制はするな」(18.8.30「東京新聞」つながるオピニオン)

 

 23日本欄の投稿「戦争美化する靖国は廃止を」に私見を述べる。私も戦死の責任逃れに利用された靖国に反対だが、廃止は行き過ぎである。靖国を信じる人たちの自由で、A級戦犯を祭るのもその人たちの自由である。しかし、逆に嫌だという人(遺族)にまにまで強制的・一方的に祭ることは死者の利用であり信教の自由を侵す。宗教とは同じ価値観の仲間である。

 戦時中、靖国は軍が管理し宮司も軍人だった。戦士が「バカらしい犠牲」と思わせないために、軍人だけ特別扱いしたのである。空襲も原爆も開拓団も同じ命で同じ犠牲である。

 赤紙一枚で強制的に死に追いやったのは「命を捧げた」とは言わない。その反省から「政教分離」が生まれた。

 

 

「袴田事件 高裁の不当決定に抗議する」(18.6.29「週刊金曜日」)

 

 静岡地裁の袴田巌さんの再審開始判断に対し、東京高裁が検察の抗告を不当にも認めた。

 争点は検察と弁護側のDNA鑑定が違ったことでこれはDNA鑑定が「絶対」ではないことを示した。このような場合は双方の証拠を採用をせず他の証拠で判断すべきである。

 この事件は当初から「犯行着衣の変更」と言う重大な訴因変更があった。パジャマでの犯行が後日、犯行着衣が味噌樽から発見されたとされたと変更された。しかし、その発見されたズボンは小さく袴田さんにははけなかった。これに検察は「縮んだ」と主張したが、弁護側は縮まない事を実験で実証している。さらに、ズボンと下着のステテコの「血痕の位置が違う(重ならない)」だけはなく、下着のステテコの方が「多量の血痕が付着」はあり得ない。この矛盾を検察、裁判官は何と説明するのか。

 検察は全ての証拠で有罪を証明する義務があり、死刑を求めるなら一点の曇りも疑問・矛盾も残してはならない。裁判官は4人もの殺害事件を迷宮入りさせる事はできず、何としても「犯人が必要」なのだ。それには責任を検察に押しつけ検察の主張を受け入れれば済むのである。

 何故このような裁判になるのか、それは冤罪が確定しても検事も裁判官もその責任を問われないからである。故に安易な起訴や「だろう判決」を行い、「冤罪だったら大変な事になる」などと言う緊張感はまるでない。

 袴田さんの「再収監」を認めなかったのも、この決定への「自信の無さ」であり、横浜事件の「免訴」と同じく実質自由なのだからいいだろうと言うことである。

 

 

『司法取引で冤罪増を危惧』(18.6.21「東京新聞」つながるオピニオン) 

 

今月1日から自分の罪を軽くする条件で、警察に密告する「司法取引」が合法化された。ウソを密告したり針小棒大に密告などで、冤罪が増える可能性があり不正義な捜査である。今までにも警察自身が留置場にスパイを入れて誘導したこともある。

 政府は「慎重適切に運用」というが、証拠を隠したりデッチアゲまでする警察・国家権力をどうして信じられるか。一度出来た法律はその適用範囲が拡大されることは常識である。かつて、公安警察が共産党の緒方靖夫さん宅の電話を盗聴し大問題になった。しかし、現在は合法化され法の改悪で立会人も必要なくなったのである。車へのGPS装着も合法化され、まさににチャップリンが「監視社会」を予期した映画「モダンタイムス」であり危険な社会になった。冤罪は増えるであろう。

 

 

『有罪死刑多数決でいいのか』(18.2.2「東京新聞」ミラ ー)


 死刑囚で初めて仮釈放されている袴田巌さんと、一審判事の熊本典道さんの面会が実現した記事を読み胸を熱くした。既に熊本さんは一審で無罪を主張しながら多数決で「死刑判文」か書かされたことを明らかにしていたが、袴田さんとの面会は初めて実現した。下級審裁判官には「守秘義務」があるが、最高裁は熊本さんも処分できず、私は電話でその理由を最高裁に問いただしたが返答できなかった。
 熊本さんは判決後、裁判官を辞めて弁護士に、その後弁護士登録も抹消し、審議の公表後は大変な生活を強いられたという。有罪や死刑を多数決で決めていいのか、せめて全員一致を義務付けるべきである。全員一致の米の陪審でもDNA鑑定の進歩で、多数の無実の死刑囚が確認されている。
 しかも日本は再審開始が決定されても検察の抗告が認められ、袴田事件では、再審開始決定で静岡地裁の村山浩昭裁判長が「拘置をこれ以上継続することは耐え難いほど正義に反すると言わざるを得ない」と発言したが、それでも検察は即時抗告した。これはメンツだけの抗告で、検察は仕事であり、いくら時間とカネがかかっても関係なく、無罪が確定しても責任を問われることはない。故に安易な逮捕、起訴や「だろう判決」になってしまう。彼らに「冤罪だったら大変なことになる」という意識はまるでなく、都合の悪い証拠は出さない。
 人権を守り冤罪を防ぐために、全事件の全面録画はもとより、証拠の全面開示を義務づけ、再審の抗告は認めずに、判決の全員一致を義務付けるけるべきである。 

◆【「辺野古」現地報告】

 埼玉県越生町に住む私の友人が12日間「辺野古支援」に行ってきた報告が今日届きましたので、下記に添付します。「辺野古」の現状・実情を是非お読み下さい。彼はJR東労組のOBで奥様ともう何度も沖縄支援に行っており感謝です!(17.3.30)

「辺野古」報告.pdf
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◆【砂川裁判「再審開始」に要請書を!】

【砂川闘争】
 1955年東京・立川の「米軍立川基地」拡張の強制測量に、地元農民らが警察と対峙し市民らが基地内に数メートル入ったことで23名が逮捕され7名が起訴された。

【裁判】
 一審東京地裁は「在日米軍は違憲」と無罪(伊達判決)を言い渡した。その後、政府は高裁を飛ばし最高裁に異例の「跳躍上告」、田中耕太郎長官は罰金2000円の有罪を確定させた。しかし、基地拡張は阻止され、その後、米軍基地は撤去された。その跡地が現在「昭和記念公園」になっている。伊達裁判官はその後、家裁に左遷され辞職した。

【「密談」の新証拠】 
 2008年、米公文書館から田中最高裁長官や藤山外務大臣が、進行中の砂川裁判に関してマッカーサーや米大使と「密談」していた公文書の存在が確認された。

【再審請求】
 この「新証拠」に基づいた再審請求に東京地裁(田邉三保子裁判長)は2016年3月、それらの事実認めながら『不公正な裁判をした証拠はない』と再審請求を不当に棄却した。請求人は直ちに東京高裁に即時抗告している。下記の東京高裁への「再審開始要請」ハガキを出して下さい。またPDF「パンフ」も添付します。【伊達判決を生かす会】

砂川裁判【パンフ】.pdf
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著者:李鶴来 出版:梨の木舎

発行:2016.4.24  定価:1700円+税 

 

戦時中、多くの犠牲者を出し「死の鉄路」とも喚ばれる「泰緬鉄道」建設に従事した捕虜の監視員として従事していた韓国人の人生と闘いの記録である。

 著者の李鶴来さんは日本が募集した「捕虜監視員」3000人の中の一人だった。47年3月オーストラリアの戦犯法廷で死刑判決後、20年に減刑され51年に「スガモプリズン」に収容され52年の「サンフランシスコ平和条約」締結と共に日本国籍を消失した。

 戦時中は日本人として働かされ、戦後は日本人ではないと何の補償もなく放り出され、出獄を拒否する人も居たという。何とも不条理、不正義な日本の態度であろか。

最近読んだ本から】へ

◆ 毎月この「HP」のトップを描いてもらっている橋本勝さんの「絵本」です。

 「福島原発事故」から5年の今も9万人余りの県外避難生活を強いられている。そして、未だメルトダウンの原因もその核燃料の状況も判っていない。福島原発は廃炉技術も確立されないなかで雲を掴むように解体が進みつつある。電気が足りているにに再稼動処が、原発寿命の40年を超え更に20年の延長を認めたのである。

 安全なら避難計画も避訓練も必要あるまい。人間は自然には勝てず世に「絶対」はあり得ず、また同じ悲劇を繰り返すのか。安倍首相は「責任は私が取る」と公言したが、福島の責任を誰が取ったのか!この絵本は「原発がどう危険なのか?」をユーモアを交えて訴え批判している。是非!多くの大人や子どもにこの「絵本」見て欲しい。

【最近読んだ本から】へ

 

A4版横 全32頁カラー 価格:800円(税込)

注文:「郵便振替」(00280-1-36638) 「加入者」:有害化学物質削減ネットワーク

著者:伊東秀子 出版:花伝社

発行:2016.6.22 定価:1600円+税

 

 戦後シベリアに抑留された60万の元日本兵の中から約1000人が、5年後の1950年独立間もない中国へ「戦犯」として引渡された。

 彼らは「焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くし」の『三光作戦』処か、強制連行、強姦、生体解剖、実的刺突(中国人を杭にしばりつけ、人殺しの練習)さえ体験していた。彼らは「軍の命令に従っただけ」と反抗しながらも処刑を恐れていた。

 しかし、管理所では何の強制労働も学習もなく、周恩来の「戦犯と言えでも人間であり人道を守り日本人の習慣をまもれ」指示で、中国人が食べられない白米や肉菜など中国人数家族分の食料を戦犯一人に与えた。その環境の中で彼らは徐々に人間性を取り戻し「認罪」していった。その結果、1956年特別軍事法廷で起訴されたのは国・軍高官の僅か45人で、その45人に一人の無期も死刑もなかった。それは周恩来が「制裁や復讐では憎しみの連鎖はきれない」と判決原案を3回も書き直させた結果だった。

 著者・伊東秀子(元衆議院議員・弁護士)の父・上坪鉄一も起訴されたその一人だった。元憲兵隊長で生体解剖・実験などを行った731部隊に自ら直接22人を送っている。56年の特別軍事法廷で彼は禁固12年を言い渡された。しかし、シベリアの5年と管理所の6年の計11年が刑期に参入され判決翌年には帰国してる。本には父のその体験を含め日中15年戦争や731部隊について記している【私の読んだ本から】へ

◆【「中帰連関連」雑誌記事など】

◆『被害者が加害者を赦した歴史~撫順戦犯管理所と中帰連平和記念館』

『社会評論』2015年春号.pdf
PDFファイル 2.3 MB

◆『「鬼」から「人」なった戦犯たち』

『人民中国』2015年9月号.pdf
PDFファイル 2.2 MB

◆『NPO法人 中帰連平和記念館』

「利根川文化研究」37号.pdf
PDFファイル 1.9 MB

◆『ZOOM JAPAN』

『ZOOM JAPAN』2014.5月号.pdf
PDFファイル 4.2 MB

◆【最高裁、公安の集会監視・盗撮を是認】(2015/2更新)

 

 2008年10月13日、東京「なかのZERO」で開かれた市民集会『断ち切れ!核軍拡競争と大戦の危機 <戦争と貧困強制> に抗する10・13怒りの大集会』の会場前に、60人ものマスクにサングラス、メモ帳や単眼強を手にした私服警察官が参加者を監視していた。

 また当日は東京・JR中野駅南口から会場に向かう道路に面した喫茶店「ベローチェ」のカウンター越しに、道路に向けた2台のビデオカメラを衣類で隠し3人の私服警察官が盗撮していた。その現場を集会関係者に発見され「証拠写真」を撮られた。発見され

た警察官は発見者を突き飛ばし、まさ『脱兎の如く』逃げ出したのである。

 集会主催者は「集会の自由への妨害」と提訴したが、東京地裁は参加者に威圧などを与える事を認めながらも、警察の情報収集を優先し原告敗訴の判決をした。更に高裁では「正統な視察であり、集会参加は個人が特定されることを覚悟で参加すべきで、それは自己責任である」とさえ断定し原告敗訴の判決を出した。その原告の上告に対し、2015年1月21日最高裁第2小法廷は、下級審が憲法判断に触れているにも関わらず、その判断を避け門前払で上告棄却をしたのである。それなら発見された3人の警察官は、発見者を突き飛ばしてまで何故逃げたのか。

「合法の視察で問題ない」というなら、現場で発見者を「公務執行妨害」の現行犯でなぜ逮捕しなかったか。警察官も「ヤバイ」と思ったから逃げらのであり、警察も裁判所がここまで護ってくれるとは思わなかったであろう。

 これは国家権力が思想信条や集会の自由への介入を是認することになり、到底許されることではなく「治安維持法」の時代への突入であり断固抗議する。(2015/2)

  「判決文」は下記の通りである。

 

第1 主文                                                         

  1 本件上告を棄却する。                                             

  2 本件を上告審として受理しない。                           

  3 上告費用及び甲立費用は上告人兼申立人らの負担とする。                 

第2 理由                                                                    

   1 上告について

    民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項          又は2項所定の場合に限られるところ、本性上告理由は、違憲をいうが、その実質          は事実誤認若しくは単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであ            って明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。    

  2 上音受理申立てについて                                                

       本件申立ての理由によれば、本件は民訴法318条1項により受理すべきものとは認め        られない。 

原告・弁護団「声明」.pdf
PDFファイル 125.4 KB

◆【原発の停止、廃炉求める!】

日本列島は【地震の巣】
日本列島は【地震の巣】