今月の【風刺マンガ】(橋本勝さんのご厚意で「毎月」更新します)

                                                         「コメント」は芹沢です。更新:2017.10.1)

 

◆【「日の丸」「東電」「放射能」の旗を掲げる国の愚かさよ!」】

 

 

 安倍政権は福島原発事故にも関わらず、その後始末どころか使用済み核燃料や廃炉技術の見通しも立たないなかで、東電を支援し次々に再稼働を認めている。

 安倍首相は何かあれば「私が責任をとる」とのこと、責任をとれる訳はなかろう。それなら福島の責任を誰がとったのか!

 福島を教訓にドイツ、イタリアや台湾などが原発撤退を決めるなか、環太平洋火山帯のど真ん中にある原発事故当事国が「再稼働」とは世界が笑っているだろう。

 使用済み核燃料は地下に埋めると言うが、日本アルプスもエベレストも海の底だったのであり、人間は自然には勝てず自ら人類破滅を導いている。

◆【私の発言】

『加 害 国 の立 場忘 れ ず』(「東京新聞」ミラー20179.15)


  8月26日付「非戦のために加害者の声を」に同感だ。戦争と言えば誰でも悲劇は訴えるが、原因や責任、ましてや加害を語ることは殆どなく、政府はふたをしようとさえしている。
 あの戦争で日本人犠牲者310万人と言われるが、侵略戦争を始めたのは日本。張作霖の爆殺も満鉄爆破も関東軍のヤラセであった。アジアで約2000万人が犠牲になったが、その皆さんには何の責任もない。中国や朝鮮からの強制連行や労働でも多くの犠牲を強いたのだ。
 中国では1000万人余が犠牲になり、その多くが一般市民であった。哈爾浜731部隊ではマルタ(丸太)と称した中国人3000人余りを生体解剖や実験で全員殺害した。また、中国人を「人間地雷探知機」として行軍の先を歩かせ、中国人を杭に縛り付け初年兵に突き殺させたという。
  自らの加害体験を証言してきた人たちがいる。戦後シベリアに5年間抑留された後、
中国に戦犯として引き渡され「撫順戦犯管理所」に6年間収容された人たちだ。彼らはその中で人道的に扱われ、鬼から人間に戻り、自らの加害・虐殺体験を告白・認めた1062人の戦犯たちだ。うち起訴されたのは僅か45人、しかも周恩来は一人の死刑も無期も認めず、シベリア5年と管理所6年の計11年が刑期に参入された。
 起訴免除で帰国した1957年、彼らは中国帰還者連絡会(中帰連)を立ち上げ、高齢で解散した2002年まで「三光作戦」など自らの加害・虐殺体験を証言した。日本は戦争の被害国か。「否」であり、加害国でもあったことを忘れてはならない。私たちはその「資料」の収集保存をしている。

『制 裁 では 解 決 し な い』(「週刊金曜日」2017.9.15)


 北朝鮮が水爆実験をし更なる制裁が必要と批判されているが、米国は水爆実験をしたことがないのか。米国は南太平洋で水爆実験をし第五福竜丸などが被害を受け、久保山さんがその犠牲になったのである。
 米国が核兵器を持ちながら他国には開発も実験も認めないのは子供に聞いても不公平だ。インドやパキスタンも持っている。北挑戦が批判されるのは事前に国際機関に通告し
なかったことけであり、北挑戦の軍隊は自国から一歩も出ておらず、北挑戦には日本海への米空母こそ脅威であろう。
 そして制裁では決して解決しないことは日本の歴史を見ても解る。当時、日本は世界から満州国を認められず批判され、国際連盟を脱退し石油などエネルギーや資源の輸入を止められ戦争を始めたのである。つまり窮鼠猫を噛むである。
 戦況が厳しくなるにつれ、国民の食料もなくお寺の鐘まで供出させ、原爆の時代に竹槍訓練をさせ、多くの兵士は餓死し一億玉砕とまで言って戦ったのである。そして残ったのはその戦争責任も取らず生き残った天皇と天皇制である。つまり制裁されいくら国民を犠牲にしても権力が残るのであり、制裁では解決せず、話あって信頼関係を築き民族自決を尊重すべきだ。
 仮装敵国が存在しなければ軍隊の必要性がなくなり困る人たちがいる。武器生産、輸出業者である。武器も無限に生産できず消費してもらわないと次の生産ができない。日本も戦後「朝鮮特需」で立ち上がったと言われている。景気回復には戦争を必要とする人たちがいる。阿部首相はその武器輸出をするというのだ

◆【「辺野古」現地報告】

 埼玉県越生町に住む私の友人が12日間「辺野古支援」に行ってきた報告が今日届きましたので、下記に添付します。「辺野古」の現状・実情を是非お読み下さい。彼はJR東労組のOBで奥様ともう何度も沖縄支援に行っており感謝です!(17.3.30)

「辺野古」報告.pdf
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◆【劇団文化座75周年記念講演「命どぅ宝」公演】

 

 「劇団文化座」の75周年の記念公演『命どぅ宝』が池袋の東京芸術劇場で2月上旬に開かれ観てきた。同劇場の中ホールは平日の日中にもかかわらず満杯で、会場かからは嗚咽の声も聞こえた。
 沖縄本島の西僅か9キロ、周囲22キロ、米軍の沖縄本島上陸前に最初に占領された伊江島の闘いである。伊江島は集団自決や強制移住など悲劇の島であった。
 その島の実在の安房根昌鴻と、後に本土復帰初の沖縄選出の衆議院議員となった瀬長亀治郎らが、農民と協力し本土復帰と土地返還を求める闘いを描いた舞台である。その後、初の初の公選知事になった屋羅朝苗さんや、太田昌秀元知事や今の翁長知事も弾圧されている。沖縄を支援し沖縄からこの国を変えて行かなくてはと思う。
(2017.2.14)

◆【「辺野古」現地報告】

 埼玉県越生町に住む私の友人が「3月14~25日」の12日間、沖縄・辺野古支援に行って来た報告が届いたので、下記に添付します。彼はJR東労組のOBで奥様も何度も沖縄支援に行っています。是非、現状・実情をお読み下さい!

◆【砂川裁判「再審開始」に要請書を!】

【砂川闘争】
 1955年東京・立川の「米軍立川基地」拡張の強制測量に、地元農民らが警察と対峙し市民らが基地内に数メートル入ったことで23名が逮捕され7名が起訴された。

【裁判】
 一審東京地裁は「在日米軍は違憲」と無罪(伊達判決)を言い渡した。その後、政府は高裁を飛ばし最高裁に異例の「跳躍上告」、田中耕太郎長官は罰金2000円の有罪を確定させた。しかし、基地拡張は阻止され、その後、米軍基地は撤去された。その跡地が現在「昭和記念公園」になっている。伊達裁判官はその後、家裁に左遷され辞職した。

【「密談」の新証拠】 
 2008年、米公文書館から田中最高裁長官や藤山外務大臣が、進行中の砂川裁判に関してマッカーサーや米大使と「密談」していた公文書の存在が確認された。

【再審請求】
 この「新証拠」に基づいた再審請求に東京地裁(田邉三保子裁判長)は2016年3月、それらの事実認めながら『不公正な裁判をした証拠はない』と再審請求を不当に棄却した。請求人は直ちに東京高裁に即時抗告している。下記の東京高裁への「再審開始要請」ハガキを出して下さい。またPDF「パンフ」も添付します。【伊達判決を生かす会】

砂川裁判【パンフ】.pdf
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◆【東京・武蔵野市で『三鷹事件』再審開始を求める集会】

(「主催者挨拶」に立つ大石進氏)
(「主催者挨拶」に立つ大石進氏)

 まだ米占領下の1949年「共産党」弾圧のため国鉄3事件がデッチアゲられた。7月5日常磐線で下山国鉄総裁の轢死体が発見された「下山事件」、7月15日三鷹電車区から無人電車が暴走した「三鷹事件」、そして8月17日には東北本線で列車が脱線転覆した「松川事件」である。

 松川事件は最高裁で検察の「アリバイ隠し」が確認され全員無罪、下山事件は迷宮入り、「三鷹事件」のみ竹内景助氏の単独犯とし「8対7」の1票(人)の差で死刑を確定させた

 現在「第二次再審請求中」で竹内氏が獄死した50年目の1月18日、都内の「武蔵野スイングホール」で『竹内景助氏の獄死から50年~三鷹事件再審開始を求める集い』が開かれ会場は支援者200人で埋まった。 

(高見澤弁護団長と弁護団の「報告」)
(高見澤弁護団長と弁護団の「報告」)

 集会は最初に「三鷹事件再審を支援する会」代表世話人の大石進氏(元「日本評論社」社長・会長、布施辰治弁護士の孫)が主催者挨拶に立った。次に、家族や身内への影響があり実名や顔を出せない再審請求人・竹内景助氏の長男の肉声テープが流された。続いてジャーナリストの菅野良司氏と狭山事件の再審請求人・石川一雄氏の発言があった。

 石川氏は当時の独房は日中解錠され自由に交流でき、竹内氏とも交流があり竹内さんに多くのアドバスを受けたと感謝の思いを話した。

 その後、元外交官の孫崎亨氏の講演の後、高見澤弁護団長他5人の弁護士から経過や現状報告があった。既に再申請から5年が経ち20数回の「三者協議」の中で係属の東京高裁第4刑事部(「東電OL事件」再審無罪を判決)は弁護側の「証拠開示請求」に対し、「勧告ではない」としながらも検察へ証拠開示を打診しているという。死刑を「多数決」で決めていい訳はなく、検察は税金で集めた証拠は「真相究明」のため証拠の全面開示に応じるべきだ。【三鷹事件再審を支援する会】

【発生:1949年7月15日 午後9時23分】(当時は夏時間のため現在の午後8時23分)

 国鉄三鷹電車区構内から無人電車が暴走し、市民6名が死亡し20名が負傷した。情報は事前に一部に漏れ、破壊された交番からは事前に警察官と重要書類は既に避難済だった。事件発生直後MPが到着し現場を仕切り国鉄関係者や警察を排除したことは、当時ホームで事件を目撃した堀越作治氏が証言している。電車の一部機器は取り外し持ち去られ、『読売新聞』が報じた運転台の写真は事故車でないことが確認されている。

 検察の「共産党の共同謀議」の主張を一審は「空中楼閣」と共産党員らを無罪とし、非共産党員の竹内景助氏の単独犯行と認定し無期懲役を判決、高裁は書面審査だけで死刑とし、最高裁も口頭弁論も開かず「8対7」の一票(人)差で死刑を確定させた。竹内氏は脳腫瘍を放置され「悔しいよ」と言い残し獄死した。

 コントローラの解錠や固定は現場に「落ちていた針金と紐」とされるが、「計画的犯行」にも関わらず「落ちていなかったら」どうしたのか?当時、大量首切りやゼネストなどに対し闘っていた国鉄、共産党への弾圧の中でこれらの事件は発生した。

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◆【熊谷で「安保法制違憲訴訟」支援集会】

 8月27日「熊谷商工会館」で『安保法制違憲訴訟支援・埼玉北部集会』(主催:安保法制違憲訴訟埼玉の会)が開かれた。この集会は倍政権の安保関連法案が違憲と6月20日にさいたま地裁に提訴し、10月26日に「第1回口頭弁論」が開かれるのを前に開催したものである。当日は150人程の賛同人や原告、支援者などが参加した。(写真は6月「提訴」の地裁前で)

 集会は町田美津子・本庄市議の主催者挨拶で始まり、続いて違憲訴訟共同代表の倉橋綾子さんが「呼びかけ人挨拶」に立ち、違憲訴訟への原告、賛同人の参加を呼びかけた。

 最初にフルートとギターによるミニ『平和コンサート』」開かれ、「夏の思い出、浜辺の歌、さとうきび畑、旅愁、里の秋」など7曲が披露された。

 主題の講演は伊須慎一郎弁護士(埼玉総合法律事務所)による『今、なぜ違憲訴訟なのか』と題して経緯や現況などを話した。その後、熊谷市在住の元特攻隊員の沖松信夫さんと、イスラエル人のダニー・ネフセタイさんが自分の体験を話した。

 

著者:李鶴来 出版:梨の木舎

発行:2016.4.24  定価:1700円+税 

 

戦時中、多くの犠牲者を出し「死の鉄路」とも喚ばれる「泰緬鉄道」建設に従事した捕虜の監視員として従事していた韓国人の人生と闘いの記録である。

 著者の李鶴来さんは日本が募集した「捕虜監視員」3000人の中の一人だった。47年3月オーストラリアの戦犯法廷で死刑判決後、20年に減刑され51年に「スガモプリズン」に収容され52年の「サンフランシスコ平和条約」締結と共に日本国籍を消失した。

 戦時中は日本人として働かされ、戦後は日本人ではないと何の補償もなく放り出され、出獄を拒否する人も居たという。何とも不条理、不正義な日本の態度であろか。

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◆【盧溝橋事件を忘れない!「7・7集会開催」】

 「7月7日」と言えば多くの人は「七夕」と応え、日中全面戦争のキッカケとなった「盧溝橋事件」の日であることを忘れているであろう。

 元軍人4団体(不戦兵士の会、日中友好元軍人の会、中国帰還者連絡会、関東日中平和友好会)が、その日を忘れまいと持ち回りで毎年『7・7集会』を開いてきた。後継団体などが今年も7月7日に中国大使館を借りて開催され150人余りが会場を埋めた

 今年当番の「撫順奇蹟を受け継ぐ会」(「中国帰還者連絡会(中帰連)」の後継団体)代表・姫田光義さん(中央大学名誉教授)の開会挨拶に続き、休暇で帰国中の程永華駐日大使に代わり劉少賓代理大使が挨拶した。

 続いて、「日中友好元軍人の会」の名称を変えた「日中友好8・15の会」(沖松信夫さん)、関東日中平和友好会(新宅久夫さん)、名前を変えた「不戦兵士・市民の会」(遠藤美幸さん)、「撫撫順の奇蹟を受け継ぐ会」(姫田光代さん)から、それぞれ経過や現状報告があり、改めて侵略戦争を認め「日中友好」を誓った。その後、元中帰連事務局長だった髙橋哲郎さんのビデオと、南京大虐殺のドキュメント『戦火1937』が上映された。

 休憩を挟み第二部は紫金草合唱団が、南京大虐殺を歌った合唱朗読劇『紫金草物語』を披露し会場から喝采を浴びた。

紫金草】日本軍の衛生材料廠の廠長で薬学者であった山口誠太郎氏は日本へ帰る時、南京大虐殺の行われた 紫金山の麓に見事に咲いていた「紫の菜の花」の種を取り、密かに日本に持ち帰えりました。戦争で命を奪われた人々への鎮魂と平和を願ってこの花を「紫金 草」と名付け、茨城県の自宅の庭で種を増やし、家族や協力者とともに、この花を日本中に拡げて行きました。1985年の筑波科学万国博覧会では100万袋 の紫金草の種が配布されました。今ではこの花は「むらさき花だいこん」などの名で呼ばれ、全国で見られるようになりました。

【私の最新ニュース】

◆ 毎月この「HP」のトップを描いてもらっている橋本勝さんの「絵本」です。

 「福島原発事故」から5年の今も9万人余りの県外避難生活を強いられている。そして、未だメルトダウンの原因もその核燃料の状況も判っていない。福島原発は廃炉技術も確立されないなかで雲を掴むように解体が進みつつある。電気が足りているにに再稼動処が、原発寿命の40年を超え更に20年の延長を認めたのである。

 安全なら避難計画も避訓練も必要あるまい。人間は自然には勝てず世に「絶対」はあり得ず、また同じ悲劇を繰り返すのか。安倍首相は「責任は私が取る」と公言したが、福島の責任を誰が取ったのか!この絵本は「原発がどう危険なのか?」をユーモアを交えて訴え批判している。是非!多くの大人や子どもにこの「絵本」見て欲しい。

【最近読んだ本から】へ

 

A4版横 全32頁カラー 価格:800円(税込)

注文:「郵便振替」(00280-1-36638) 「加入者」:有害化学物質削減ネットワーク

著者:伊東秀子 出版:花伝社

発行:2016.6.22 定価:1600円+税

 

 戦後シベリアに抑留された60万の元日本兵の中から約1000人が、5年後の1950年独立間もない中国へ「戦犯」として引渡された。

 彼らは「焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くし」の『三光作戦』処か、強制連行、強姦、生体解剖、実的刺突(中国人を杭にしばりつけ、人殺しの練習)さえ体験していた。彼らは「軍の命令に従っただけ」と反抗しながらも処刑を恐れていた。

 しかし、管理所では何の強制労働も学習もなく、周恩来の「戦犯と言えでも人間であり人道を守り日本人の習慣をまもれ」指示で、中国人が食べられない白米や肉菜など中国人数家族分の食料を戦犯一人に与えた。その環境の中で彼らは徐々に人間性を取り戻し「認罪」していった。その結果、1956年特別軍事法廷で起訴されたのは国・軍高官の僅か45人で、その45人に一人の無期も死刑もなかった。それは周恩来が「制裁や復讐では憎しみの連鎖はきれない」と判決原案を3回も書き直させた結果だった。

 著者・伊東秀子(元衆議院議員・弁護士)の父・上坪鉄一も起訴されたその一人だった。元憲兵隊長で生体解剖・実験などを行った731部隊に自ら直接22人を送っている。56年の特別軍事法廷で彼は禁固12年を言い渡された。しかし、シベリアの5年と管理所の6年の計11年が刑期に参入され判決翌年には帰国してる。本には父のその体験を含め日中15年戦争や731部隊について記している【私の読んだ本から】へ

◆さいたま地裁に「安保関連法」国賠提訴

 2016年6月20日、さいたま地裁に『安保法制違憲国賠訴訟』が提訴された。201号法廷は抽選となり傍聴席は一杯になった。その後、近くの仏教界館で10時半から「記者会見・集会」が開かれ約150人が参加した。

 憲法が保証した「平和的生存権」を侵され精神的負担を強いられていると、 一人10万円の国家賠償請求である。

 原告318名、弁護団104名、歴代県弁護士会長10名、女性弁護士21名、県内51法律事務所が参加している。弁護士からの説明や共同代表の倉橋綾子さんの発言、他にも原告の3人が提訴の思いを語った。【私の最新ニュース】へ

◆【舞台「屋根」を観て】(2/6)

 私は『北の国から』ファンだった。あの幼い純と蛍の何と可愛かったこと、しかし、大滝秀治さんも地位武男さんももう居ない。この舞台も倉本聰さんである。

 富良野に開拓に入った夫婦を通して現代社会への警鐘である。夫婦は9人の子に恵まれるが長男、次男は戦死、三男は徴兵を拒否し屋根で自殺したが、屋根から落ちたことにする。

   戦後、節約社会から大量消費社会へ、そして、自然破壊や借金の営農・・・末っ子は自己破産し連帯保証人の老夫婦は共に「夜逃げ」することになる。そこに、既に亡くなった3人の子が屋根上に現れ『コッチへおいで、貧しいけど昔のままだよ~』と呼ぶ、老夫婦は手を携え屋根に登ろうとする処で劇は終わる。価値観を考えさせる感動の舞台だった。

 物があふれ、贅沢でも、無駄でも、捨てさせてまでも「消費」だという社会、否、それでも買えない人たちの事など安倍首相の頭にはない。

 更に、武器輸出を「防衛装備移転」と言い換え、福島原発が跳ね自国の頭の蠅も負えず未だ何万人も避難生活が続くなかで原発まで輸出するという。

 子どもの頃に教師が「人間は他の動物と違いを使える」と教えたが、その火で加工した物は自然には戻らず、物々交換ではなく貨幣を使うことで、生きて行くための以上の富を蓄える事が可能になり格差を生む事にもなった。 地球の資源もエネルギーも無限ではなく、言うまでもなく先進国の物ではない、資本主義はもう行き着いたのではあるまいか。

◆【私のコラム】(12/30更新)

 「慰安婦合意」に異議

 

 「慰安婦問題」で日韓両政府が合意したという。しかし、彼女たちは蚊帳の外であり、韓国外務次官が「ナノムの家」を訪問し彼女たちに説明したが「合意は受け入れられない。少女像の撤去には応じない」と納得していないという。(12/29付「東京」2面)韓国政府も当事者の彼女たちに面会することなく、意思を聞くこともなく合意してしまった。

 安倍首相は日韓首脳会談に『前提条件を付けるべきではない』と主張していたが、この会談では不可逆的、女性像の撤去など「前提条件」を付けたことは身勝手過ぎる。それは彼女たちが日本の誠意を認めればの結果である。

 しかし、安倍首相は自ら直接謝罪することもなく、これでケリを付けたいとの姿勢がミエミエである。彼女たちは今更お金が欲しいのではなかろう、ドイツのように「心からの反省と謝罪」を求めているのである。

 ドイツでは各地に公的慰霊碑や謝罪碑があり個人補償もした。ブラント元首相はワルシャワ「ゲットー英雄記念碑」前で両膝をついて跪き、両手を組んで黙祷し世界に感動を与え「ノーベル平和賞」を受けている。またヴァイツゼッカー元大統領も敗戦40年の国会演説で『過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる』との演説は世界中から喝采を浴びた。

 安倍首相が本気で反省・謝罪するなら教科書から削除された「慰安婦」を元に戻しシッカリ後世に伝えるべきで、日本には侵略戦争の加害や虐殺を後世に伝える義務がある。

【私のコラム】へ

 【再生の大地合唱団】

 東京・牛込箪笥区民ホールで2月7日『再生の大地』合唱団を聴いてきた。この合唱組曲は戦後シベリア抑留の5年後の1950年にシベリアから中国に戦犯として引き渡され6年間「撫順戦犯管理所」に収容された戦犯たちの体験を唄ったものである。

 多くの加害・虐殺をしてきた彼らは処刑さえ覚悟していたが、管理所では人道的扱いを受け、戦犯一人に中国人数家族分の食事を与えられ当初彼らは「最後の晩餐」とさえ思った。しかし、その扱いは何時までも変わららず、自分の過去を振り返り考えるよう指導された。当初「命令を実行しただけ」と反発していたが、やがて自身の過去を振り返り徐々に反省し「鬼から人間」に戻った実話である。56年の特別軍事法廷では1062人

の戦犯に一人の死刑も無期もなく、起訴されたのは政府・軍の要職者僅か45人で他全員「起訴免除」とされたのである。

 ある戦犯は職員から「もう二度と武器を持って大陸に来ないで下さい。日本へ帰ったらキレイな花を咲かせ幸せな家庭を築いて下さい」と朝顔の種を渡され、亡くなるまで毎年花を咲かせていた。この葉がハート型の朝顔の花を『赦しの花・撫順の朝顔』と呼びいま平和を愛する市民が各地で咲かせている。彼らは帰国翌年の1957年に「中国帰還者連絡会(中帰連)」を組織し、高齢で解散する2002年まで反戦平和のため自らの加害体験などを証言していた。【中帰連平和記念館】

 

 

映画【袴田巌 夢の間の世の中】

 

 昨年12月10日に「日比谷図書文化館」で開かれた『袴田巌 夢の間の世の中』の試写会を観てきた。袴田さんは「再審開始」の決定を受け死刑囚で初めて仮釈放され、今お姉さんの秀子さんと暮らしている。『拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない』との裁判官の決定に、検察は面子だけで特別抗告し現在審議中である。

 この映画は袴田さんの釈放後の現状を記録したドキュメンタリーである。袴田さんは「拘禁症」が解かれず、今も自分の世界と現実の世界が交錯しているというが、誰の責任なのか!姉の秀子さんの「巌が生きていることが嬉しい」との言葉が重い。

 この事件では犯行時の服装の変更や、犯行時の服装が小さくて袴田さんには着られないなど多くの矛盾があった。そして、一審の静岡地裁で左陪席の熊本典道裁判官は無罪を主張したが、2対1の多数決で死刑判決となった。つまり、熊本裁判官は無罪を主張しながら「死刑判決文」を書かされた事を彼自身が暴露し長い間悩んでいる。

 そもそも「多数決」で有罪や死刑が決まっていいのか、同じ証拠で有罪、無罪双方の解釈が可能なら多数決では無く無罪を採らなくてはならない。それが刑事裁判の「疑わしくは罰せず」の鉄則である。米陪審は「全員一致」が条件で、更に無罪評決後の検察の上訴権は否定されてている。多数決で有罪が決まり「同じ証拠」で無罪から有罪に変更が許される事は到底裁判などとは言えず、陪審制度を導入すべきである。この映画は3月から一般劇場公開されるが多くの人に観て欲しい。

 

【埼玉でも「安保関連法」

     違憲訴訟準備会 開催】

 

 『安保法制違憲訴訟の会』が12月21日、衆院内で伊藤真弁護士らが記者会見を開いたが、埼玉・浦和でも同日『9条をこわす安保法制・違憲訴訟埼玉準備会』が開かれ100人余りが参加し内田俊哉弁護士(「総がかり行動1000人委員会」事務局長)が講演した。

 「国賠訴訟」と共に法施行後の来春には集団的自衛権の行使に伴う自衛隊活動の差し止めも求める。まず全国の高裁がある場所で提訴し、埼玉でも準備ができ次第提訴するという。既に300人余りの弁護士が名を連ね、その中には元裁判官も含まれている。今後、違憲訴訟の会は全国各地で国家賠償などを求める集団訴訟を起こす方針。カンパも1億が寄せられているという。

 司法を通じて立憲主義や国民主権を回復するため安保法制を廃止させなくてはならない。特別機密保護法で市民の耳目を塞ぎ、内閣法制局長官の首をすげ替え自民党政府自身が違憲と判断してきた「集団的自衛権」を閣議決定で勝手に合憲とし強行採決、野党要請の「特別国会」の開会義務も無視し「多数を握れば何でもできるなら」ナチス政権と同じである。

 下記で1口1000円で1000万人の「賛同人」の結集を求めている、是非、多くの市民に賛同して欲しい!安倍政権妥当!

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【連絡先・申込書】

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映画「杉原千畝」のオペラと映画】

 

 先日、映画『杉原千畝』と千畝のオペラ『人道の桜』を観て来た。

 千畝は戦時中にリトアニア領事代理だったが、ナチスの迫害に追われたユダヤ人が領事館に「日本通過ビザ」を求め集まった。独と伊と「三国同盟」を結んでいた日本政府は千畝のビザ発給打診を認めなかった。しかし、目の前に居るユダヤ人を見て「人権」を優先し、彼は外務省の指示に抗し解雇を覚悟てビザを発給した。その結果、家族を含め約6000人の命が救われたのである。

 戦後、彼は予想通り外務省を追われ、 命を救われたユダヤ人が千畝を求め外務省を訪れたが、「そんな人物は居ない」と当初門前払いされたのである。外務省と和解が成立したのは外務省を追われてから44年、既に千畝はで天国へ召され(1986.7.31没86歳)ていた。今リトニアには「スギハラ通り」があり、また彼はイスラエルから「諸国民の中の正義の人」の称号「ヤド・バシェム賞」を受賞している。

 彼は早稲田大学で学んでいたが学費が続かず中退し、官費で学べる「ハルピン学院」で語学を学び「英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語」など数カ国語を操ったという。

 そのユダヤ人たちは「スギハラビザ」でシベリア鉄道経由でウラジオストクまで辿り着くが、ここで外務省は「乗船拒否」を現地領事館に指示した。しかし、現地領事代理だった根井三郎が「私が責任を取る」とユダヤ人を乗船させ日本に辿り着き、それぞれ第三国に出国したのである。この根井三郎の決断も忘れてはならない。千畝の出身地・岐阜県八百津町の「人道の丘公園」に『杉原千畝記念館』が在り是非訪れて欲しい。

 その放浪のユダヤ人・イスラエルは何故?弱い立場のパレスチナを攻撃・占領するのだのだろか?!私は1956年、中国の「特別軍事法廷」で1062人の日本人戦犯たちに、周恩来が『制裁や復讐では憎しみの連鎖は切れない』と3度も判決原案を書き直させ、一人の死刑も無期も認めなかったことを思い出す。

◆【映画「アラヤシキの住人たち】を観て】(2015/5)

  東京の「ポレポレ東中野」でこの画映を観てきた。1時間半も半も歩かないと着かない信州「小谷村」の山村で暮らす仲間の一年間の記録である。とにかく北アルプスの景色が素晴らしい!

全国6カ所にあるNPO法人『共働学舎』の一つがこの信州小谷村の「信州真木協働学舎である。

 競争社会を嫌いみんなで力を合わせ一緒に仕事や食事をしている。精神を病んでいる人も参加し、山羊や犬も一緒に協働生活である。

 米を作り蕎麦を植え、野菜を育て可能な範囲で自給自足の一年間の記録で、今は電気もスマホも使えるが、車も株も投資も関係ない社会である。こんな昔の社会が本当の幸せなのかかも知れない。春の新緑から始まり秋の収穫、冬の屋根の雪下しは半端ではなく、星空の何と美しいことだろうか。

 ある青年がここに来て2ヶ月ほどで無断で下山し行方不明になり1年後に戻りその受け入れに議論も起きる。一組の夫婦に赤ちゃんが誕生し、山羊の子も生まれます。また、円満に横浜に帰る青年も居る。

 この「協働学舎」の創設者は自由学園の一回性で、その後、同校の教師をしていた宮嶋眞一郎さん(故人・この映画の監督の本橋成一さんの恩師)で、この真木協働学舎は1974年に創設し40人程が共同生活しているという。私には生涯ここで暮らす勇気はないが、自然のなかで仲間と暮らす素晴らしい記録を有難う御座いました!

◆【「雑誌」掲載記事】

◆『被害者が加害者を赦した歴史~撫順戦犯管理所と中帰連平和記念館』

『社会評論』2015年春号.pdf
PDFファイル 2.3 MB

◆『「鬼」から「人」なった戦犯たち』

『人民中国』2015年9月号.pdf
PDFファイル 2.2 MB

◆『NPO法人 中帰連平和記念館』

「利根川文化研究」37号.pdf
PDFファイル 1.9 MB

◆『ZOOM JAPAN』

『ZOOM JAPAN』2014.5月号.pdf
PDFファイル 4.2 MB

◆【『辺野古基金』支援で日本を変えよう!】(4/10)

 

 沖縄県の雄志が米軍基地の「辺野古移転阻止」反対の支援要請に、4月9日『辺野古基金』を設立した。沖縄まで行けなくても、これなら日本中から支援できる。共同代表には地元経済人などの他、亡くなった菅原文太さんの文子夫人も就き、設立記者会見には翁長雄志知事も同席した。沖縄を支援し沖縄から日本を変えよう!

 

 【振込先】名称は何れも「辺野古基金」店番号-口座番号

①「沖縄県労働金庫県庁出張所」(953-3406481)

②「琉球銀行県庁出張所」(251-185920)

③「沖縄銀行県庁出張所」(012-1292772)

④「沖縄海邦銀行県庁内出張所」(102-0082175)


※【問合せ】基金事務局「金秀社」

  電話(098-868-6611) 【琉球新報】記事

『東京新聞』4.10.jpg
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◆【最高裁、公安の集会監視・盗撮を是認】(2015/2更新)

 

 2008年10月13日、東京「なかのZERO」で開かれた市民集会『断ち切れ!核軍拡競争と大戦の危機 <戦争と貧困強制> に抗する10・13怒りの大集会』の会場前に、60人ものマスクにサングラス、メモ帳や単眼強を手にした私服警察官が参加者を監視していた。

 また当日は東京・JR中野駅南口から会場に向かう道路に面した喫茶店「ベローチェ」のカウンター越しに、道路に向けた2台のビデオカメラを衣類で隠し3人の私服警察官が盗撮していた。その現場を集会関係者に発見され「証拠写真」を撮られた。発見され

た警察官は発見者を突き飛ばし、まさ『脱兎の如く』逃げ出したのである。

 集会主催者は「集会の自由への妨害」と提訴したが、東京地裁は参加者に威圧などを与える事を認めながらも、警察の情報収集を優先し原告敗訴の判決をした。更に高裁では「正統な視察であり、集会参加は個人が特定されることを覚悟で参加すべきで、それは自己責任である」とさえ断定し原告敗訴の判決を出した。その原告の上告に対し、2015年1月21日最高裁第2小法廷は、下級審が憲法判断に触れているにも関わらず、その判断を避け門前払で上告棄却をしたのである。それなら発見された3人の警察官は、発見者を突き飛ばしてまで何故逃げたのか。

「合法の視察で問題ない」というなら、現場で発見者を「公務執行妨害」の現行犯でなぜ逮捕しなかったか。警察官も「ヤバイ」と思ったから逃げらのであり、警察も裁判所がここまで護ってくれるとは思わなかったであろう。

 これは国家権力が思想信条や集会の自由への介入を是認することになり、到底許されることではなく「治安維持法」の時代への突入であり断固抗議する。(2015/2)

  「判決文」は下記の通りである。

 

第1 主文                                                         

  1 本件上告を棄却する。                                             

  2 本件を上告審として受理しない。                           

  3 上告費用及び甲立費用は上告人兼申立人らの負担とする。                 

第2 理由                                                                    

   1 上告について

    民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項          又は2項所定の場合に限られるところ、本性上告理由は、違憲をいうが、その実質          は事実誤認若しくは単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであ            って明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。    

  2 上音受理申立てについて                                                

       本件申立ての理由によれば、本件は民訴法318条1項により受理すべきものとは認め        られない。 

原告・弁護団「声明」.pdf
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◆【原発の停止、廃炉求める!】

日本列島は【地震の巣】
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