◆【私の読んだ本から】2016年

この季刊『中帰連』は中国で多くの加害・虐殺などの戦争体験者の証言が「ウソだ、洗脳だ」と右翼からの攻撃に抗して、「中国帰還者連絡会(中帰連)」(2002年に解散)が1997年に発刊した季刊誌(現在、年3回)である。(後継団体が発行継続)

 中帰連とは戦後、中国に戦犯として撫順と太原戦犯管理所に収容された元兵士が人道的扱いを受け、6年の歳月を掛けて認罪し鬼から人間に戻った人たちが帰国翌年の1957年に立ち上げた組織である。その戦犯1062名のうち起訴されたのは政府・軍高官の僅か45名で、しかも、一人の無期も死刑もなかった。それは周恩来が「復讐や制裁では憎しみの連鎖は切れない、20年後には解る」と死刑も無期もあった判決文を4回も書き直しを命じた結果であった。

 この60号の『戦犯裁判・戦犯帰国60周年』特集は、当時の撫順戦犯管理所での「座談会」の記録なども載り貴重な特集号であり、多くの人に読んで欲しい。

 【申込みは<npo-kinenkan@nifty.com>】へ \500

 私は「冤罪」がライフワークで、この季刊誌『冤罪Flie』を創刊号から定期購読している。一般市民向けの「冤罪専門」の貴重な雑誌である。

 この26号の冒頭には殺人の「松橋事件」の再審開始決定と、我が子を殺害したとの「東住吉事件」の再審無罪確定の写真が載っている。しかし、前者は検察が特別抗告し、後者は無罪まで21年も要している。

 本号には他に任意同行の名下に別件逮捕され、詐欺容疑で一審有罪後、控訴審でほど独力で逆転無罪を勝ち取った青年の話も出ている。この事件も弁護士の「ハズレ」だった。弁護士も裁判官もピンキリである。

 他に、布川事件の冤罪被疑者・桜井昌司さんと、木谷明弁護士(元裁判官)の対談がある。木谷氏は裁判官時代に30件もの無罪判決をし、控訴されたのは僅か1件で、それを含め全て無罪が確定している希有な元判事である。

 私は余程の事がない限り裁判官の「当たり、ハズレ」で判決は決まってしまうと感じている。なぜなら、如何なる判決を出しても彼らは処分されることはなく、逆に冤罪判決の判事は出世傾向にある。警察のヤラセだった菅生事件(駐在所爆破事件)の犯人の巡査部長はは一時警察大学校に身を隠し,その後、警察大学校教授、警察庁装備・人事課長補佐を歴任しつつ、ノンキャリア組の限界とされる警視長まで昇任しているのである。多くの人にこの本(税込550円)を是非購読して欲しい。

 

著者:谷口 佶 出版:読売新聞社

発行:1988.8.12  定価1200円

 

  戦時中、満蒙開拓青少年義勇軍より若い14歳の「新京第一中学」3年生125名が、ソ満国境の東寧に「勤労動員」された5月末から敗戦後の46年夏までの体験記録である。非常に細かく1日単位で記録してあり、更に、所々に当時の政治や軍の判断や動きの解説がありその背景が解りやすい。

 敗戦3ヵ月前には既に軍主力は南方へ移動し、満州の四分の三の放棄の方針が決まるなかでソ満国境へ追いやれたのであり何とも無責な命令であろうか。東寧に向かう列車の中に軍人が乗り込み、窓を閉め外を見るなとの命令、それは南に撤退する軍の列車を見せないためだったのである。著者は自分たちが国境の東寧にい追いやられたのは「満州放棄作戦の煙幕」に使われたと指摘している。ソ連参戦で関東軍が真っ先に橋まで爆破しながら撤退し、開拓団や青少年義勇軍などを棄民した事も知られており、軍隊は決して国民を守らないことを裏付けている。権力維持にためには国民の命などいとわないのである。開拓団死亡率30%、青少年義勇軍死亡率19%、この新京1中の勤労動員も6人の友を失っている。子ども故に困難も多かったが、親切な多くの中国人もいたのである。よくぞ記録を遺して下さった。

著者:楠本智郎  出版:KADAKAWA

発行:2016.2.11(初版)定価:1200円+税

 

 熊本県の過疎地の4900人の津奈木町の町おこしに企画したイベントである。

 そのための「赤崎水曜日郵便局」2013年6月に開局したのである。何か書きたい、伝えたい人は、この郵便局に直筆の手紙を送るのである。局員が全て目を通すが、現地に行けば誰でも読めるが住所・氏名は開示されない。その返事には此処に届いた手紙の中から転送されてくるのだ。故に、送った手紙と返信の内容は何ら関係ない。

 つまり、誰かに伝えたい事を送るがその返事は無く、その読んで貰いたい手紙が転送されてくるのである。何と「夢」のある郵便局であることだろか。誰が読んでくれるか判らない、そして、知らない人だからこそ本音で掛けるのだ。恋人のこと、夫婦間のこと、孫のこと、平凡な一日の報告・・・・・等などである。

 残念ながらこの郵便局は2016年3月31日をもって閉局してしまった。この本はこの郵便局に届いた手紙に一部を掲載したものである。それは小学生から90歳代ま幅広く一部を、そして皆さん達筆(右)頁に直筆、その左頁に活字)であるのに感心した。

著者:栗原康 出版:岩波書店

発売: 2013.3.23 定価:1800+税

 

 何と凄い「タイトル」だが副題の通り伊藤野枝の伝記である。彼女の名前や大凡のことは知っていたが詳細は知らず読んでみた。なるほど破天荒な生き方であったが、彼女自身はそうは思っていなかったであろう。

 女は男の奴隷ではないとあらゆる差別に目一杯突っ張り、弱い者同士助け合えば何とかなると生きていた。親の決めた結婚を受け入れず家出し東京へ、上野高等女学校教師の辻潤との間に2子をもうけたがその後別れ、平塚らいてうから『青鞜』を引き継ぎ著名人となるが生活は豊かではなかった。家族と仕事を捨て大杉栄と同性、大杉には内妻の堀保子の他に愛人の神近市子もあり三角ならず4角関係のなかで、神近は大杉を刺した殺人未遂事件(日蔭茶屋事件)を起こす。野枝と大杉の間には5人子が生まれ、長女は魔子と命名している。

 関東大震災のどさくさの中で大杉栄、大杉の甥・橘宗一とともに憲兵に連行され、その日のうちに憲兵隊構内で暴行され共に扼殺され古井戸に投げ込まれた。野枝28歳と短い人生だあった。 

 この犯人の甘粕正彦大尉らの犯行がバレ問題になったが、軍法会議での懲役10年とは余りにも軽いが、その後、僅か3年余りで出所(本書)その後甘粕は「満蒙開拓団」の組織など偽満州国の裏で活躍したのだ。

著者:生田輝雄 出版:三五館

発行:2016.5.8  定価:1400円+税

 

 著者の生田弁護士は22年間、裁判官を勤め大阪高裁の裁判長までしたキャリアだ。しかし、奥様の体調不良が自身の「仕事人間」の犠牲と自省し自由が利く弁護士に転向した。

 デッチアゲ冤罪の高知白バイ事件や愛媛教科書裁判の弁護もしてきた。

 裁判所も裁判官も到底「独立している」などとは言えず、人事権も握っている最高裁事務総局が日本の裁判の実権を握り、左遷処か権力が不利になれば裁判官の首の「すげ替え」さえするのである。多くの裁判官は出世を望み上ばかり見ている「ヒラメ判事」と業界では呼ばれ、権力に抗した判決を出せば烙印を押され出世の道は閉ざされる。長沼ナイキ訴訟で自衛隊違憲判決を出した福島判事や、砂川裁判で在日米軍違憲の判決をした伊達判事は、何れもその後、家裁に左遷され辞職している。裁判官の評価は他に「処理件数」で評価され、処理より受理が多ければ赤字、少なかれば黒字で赤字の判事は評価されない。

 また裁判所の予算や人件費など一切秘密で会計検査院も監査できず、生田氏はそれが裏金となっていると「情報公開」を求めたがすべて却下された。生田氏はそれでも一部には良心的な判事も居るので「諦めてはいけない」と書いている。

著者:玖村敦彦 出版:寿郎社

発行:2014.4.15 定価:2200円+税

 

 現在90歳の著者は東大名誉教授だが専門は「生態系生態学」で近現代史の専門家ではない。広島で被爆した著者は80歳頃から「戦中派として我慢できないことが多すぎる」と感じ、何とか後世に思いを伝えたいと「衰えた頭脳と、体力を振り絞って纏めた」本である。

 「私の戦争体験、かえりみる日本近代史、日本近代史の負の遺産とその精算・克服」の三章からなるがメインは第二章であり、日清日露戦争から韓国併合、第一次大戦、満州事変、盧溝橋から太平洋戦争、そして、敗戦から新憲法と戦争責任と実に詳しく記され、それは詳しい目次にも反映されている。

 三章も貴重であり、ドイツの負の遺産の克服を例示し、最後に「日本の歴史認識の浅薄さと負の遺産の精算・克服」で終結している。

 各所に出展や参考資料が例示され読みものとしてだけではなく、資料としてまた目次から感心のある部分だけ読んでも有効であり、内容は難しくなく一般市民に解りやすく書いてある。戦争の被害だけではなく加害やその責任など「負の歴史の事実」もシッカリ考え引き継がなくてはならない。

 ヴェイツゼッカー独元大統領の『過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる』との言葉は世界から絶賛されたが、中国にも『前事不忘 後事之師』という全く同じ諺がある。著者は「著作権」を放棄しておりその思いが解る。

著者:班忠義 発行:いのちのことば社

発売:2015.9.1 定価:1300円+税

 

 著者は中国・撫順生まれで映画『ガイサンッシーとその姉妹たち』などの監督でもある班忠義である。長い間、日中間を往き来し強制された元慰安婦の取材をしてきた映画『太陽が欲しい』の活字版である。

 従軍慰安婦を裁いた国際民間法廷『女性国際戦犯法廷』の事も記してある。この裁判を取材したNHKは安倍首相(当時、官房副著館)に「公正な報道をお願いします」言われ、急遽、肝心の元兵士の「加害証言」と、元慰安婦の「被害証言」をカットして放送した事は余りにも有名である。

 戦後、日本は都合の悪い多くの資料・書類を廃棄・焼却処分をしたため、慰安婦に限らず加害の証拠は少なく、櫻井よし子も「証拠がない」と言っている。

 この本では中国、特に山西省が焦点だが言うまでも無く中国各地や朝鮮人、日本人、オランダ人の一部にも強制や欺して慰安婦にされた人たちが居た事を忘れてはならない。先日も日韓でこの問題で政府間では話がついたとされるが、肝心の彼女たちは納得していない。安倍首相は和解には日本大使館前の「女性像撤去が条件」とは、心からの本当の謝罪・反省ではない事を示している。撤去するか否かは相手が決めることで、彼女たちが日本の誠意を認めるか否かの問題である。謝罪とは相手が受け入れて成り立つものである。

 元独大統領のヴァイツゼッカーは敗戦40年の国会で『過去に目を閉じる者は結局現在にも盲目となる』と演説し世界中から喝采を浴びたが、中国にも『前事不忘 後事之師』(過去を忘れず、後の教訓とする)があり、正に日本に向けた諺でもある。

編集:白石弘 発行:ダイヤプレス

発売:2015.12.16 定価:815円+税

 

 杉原千畝については既に幸子夫人の本など多くが出ており、 昨年暮れには映画『杉原千畝』とオペラ『人道の桜』も観た。私はまだ外務省との和解成立前に講演会で幸子夫人の話をきたことがあるが、書店で新刊を目にしたので手にした。

 時系列で千畝の生涯を追っているが、この本の特徴は千畝だけではなく周りの多くの人たちの協力があったことを具体的に書いてる。確かにキッカケは千畝だが彼一人では実現出来なかったのであり陰で多くの人の協力があった。 

 夫人と外務省が和解した時、既に千畝はで天国へ召され(1986.7.31没86歳)ていた。今リトニアには「スギハラ通り」があり、また彼はイスラエルから「諸国民の中の正義の人」の称号「ヤド・バシェム賞」を受賞している。

 彼は早稲田大学で学んでいたが学費が続かず中退し、官費で学べる「ハルピン学院」で語学を学び「英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語」など数カ国語を操ったという。

 そのユダヤ人たちは「スギハラビザ」でシベリア鉄道経由でウラジオストクまで辿り着くが、ここで外務省は「乗船拒否」を現地領事館に指示した。しかし、現地領事代理だった根井三郎が「私が責任を取る」とユダヤ人を乗船させ日本に辿り着き、それぞれ第三国に出国したのである。この根井三郎の決断も忘れてはならない。千畝の出身地・岐阜県八百津町の「人道の丘公園」に『杉原千畝記念館』が在り是非訪れて欲しい。

編著:毛利正道 発行:河辺書林

発売:2014年7月31日 定価:1204円+税

 

 信 州岡谷の毛利正道弁護士が編んだ本である。弁護士もピンキリであるが言うまでもなくピンの弁護士である。秘密保護法、憲法、集団的自衛権・・・・など多く 問題に触れ、自身の発言の他にも多くの人の発言を紹介している。憲法については自民党の草案と現憲法の各条文を比較した解説もある。この本はただ読むだけ ではなく「資料」としても使える。開拓団で一番大きな被害・悲劇を受けた長野県の「開拓団一覧表」も付いている。

 阿智村の「満蒙開拓平和記念館」の紹介やその元村長、高遠菜穂子さんや特攻の生き残りの原田要さんなどの発言も載っている。原田さんは「無駄死に、犬死にしたくなかった」と言っている。彼は戦後に託児所を始め、その後幼稚園として現存するが、一時『戦争中に人を殺した人間が、あどけない子どもたちを預かる仕事をしていいのか?』と悩んだという。しかし、奥さまが『そこまで自分を痛みつけなくていいよ。任務で人を殺したことを償うためにも、これからは人を育てる使命に生きましょう』と慰めてくれた話には胸が熱くなった。終わりには長野市民の「平和への思い」が綴られている。

 蛇足だが「河辺書林」は長野市内の出版社で、良心的な本をいっぱい出している。この地方の出版社に此からも頑張って欲しいと思った。