【私の読んだ本から】2015年

著者:佐竹直子 発行:北海道新聞社

発売:2014.12.6(初版)定価:1296円+税

 

 本書は戦時中、小学生に描かせた「生活綴り方」が「治安維持法」に問われ弾圧された『綴方教育連盟事件』を追求したもので、教師52名が逮捕され12人が起訴11人が有罪判決(一人判決前に死亡)を受けた事件である。

 当時、「治安維持法違反」なら警察・検察は何でもでき、裁判所は今以上に権力と癒着し未決のまま何ヶ月も勾留できた。治安維持法で逮捕されも弁護士は「情状酌量」を求めるだけだったが、この11人全ての弁護を引き受けた高田富与輿弁護士(後、初の公選札幌市長・衆議院議員)は、証人尋問まで認めさせ真正面から違法を訴えた。しかし、当時の社会状況で無罪を主張しても通らなかった。当時、治安維持法違反は地裁から大審院への二審制で、釧路地裁の浜辺信義裁判長は無罪を言い渡しても検察が必ず上訴し勾留延長され有罪にされると推測し、全員に執行猶予付きの有罪判決を確定させた。この『獄中メモ』は被告を気の毒に思った看守が持ち出してくれたもので、あの時代にそんな人たちが居たことに救いである。戦後、殆どの人はこの事件に口をつぐんできたが、いま安倍政権は治安維持法の時代へまっしぐらであり「治安維持法」の時代を生々しく伝えるこの本を多くの人に読んでほしい。そして、よくぞ書いてくれたと著者に感謝の思いである。高田弁護士は叙勲や栄誉など一切拒否したことでも知られているという。

 本書の終わりに、やはり北海道で学生時代に描いていた絵が「治安維持法」に問われ(生活図画事件)有罪判決を受けた松本五郎さん、『横浜事件』で弾圧された木村亮夫人の木村まきさん、そして、治安維持法やその弾圧事件などに詳しい小樽商科大学の荻野富士夫 教授の貴重なインタビュー記事も載っている。

著者:大庭健 発行:筑摩選書

発売:2015.8.15 定価:1700円+税


 本書のサブタイトル「足尾鉱毒事件からフクシマへ」が気になり手にした。言うまでもな東電を古河に、鉱毒を放射能に置き換えれば同じであり、鉱毒を水害に置き換え、地震を津波の原因に置き換え、誰も責任をとない事までまったく同じである。

 第一部『津波に先立って』で原発の仕組みと原爆、事故発生前の原発や原発神話、耐用年数、金属疲労などに触れている。国会事故調が「地震そのもので破損した可能性」を指摘し、私も当初から「津波到達前に絶対に配管などが破損している」と確信していたが、この本に津波到達前に「炉圧が低下」したことを指摘している。つまり何処か配管などが破損した証拠であるが、政府や東電は全て津波での電源喪失が原因と置き換えている。

 第二部『足尾から東フクシマへ』で足尾鉱毒と比較しているが、それは単なる被害に比較ではなく殖産興業としての古河、東電、そして「日本の生命線」とした国家総動員体制にも触れている。

 第三部『国家教―民殺しの制度化』では国家・公が如何に市民を犠牲にしてきたかを指摘、それは日中戦争にも及び元首相の石橋湛山の「満蒙放棄論」まで紹介している。 民が犠牲を強いられたのは他にも「水俣、エイズ・・・・」など多くの被害・悲劇がある。民主主義とは「少数意見を尊重」し」原則「民族自決と地方自治の尊重」である。しかし、権力者は「個は公の犠牲になることは仕方ない」との考え歴史がある。それは今も「沖縄」で闘っている。可成り幅広い視点で論じており、無学の私は理解が困難な部分もあったが多くの人に読んで欲しい。

著者:宮下武久 発行:川辺書林

発売:2014年12月19日 定価:1400円+税

 

 高齢者社会が進み高齢者の交通事故が問題になり、一方で郊外の大型店舗ができ地元小さなの個人商店が閉鎖され「買い物弱者」が社会問題になっている。この本は信州伊那の「箕輪町」で運送会社が始めた移動販売車「にこやか号」に著者が同乗して書いたルポである。他に現地にも色々な宅配や移動販売もある状況も記している。

 「買い物弱者」とはどんな人か?も考えている。面白かったのは女性は身なりを整えて化粧までして出てくる人がいるが、男性は家にいるそのままの姿で出てくるという。この販売車は軽自動車ではなく、駐車場に止まると幅方向に伸びて階段で車の中に入って買い物をするので雨でも濡れない車である。この移動販売車に集う人は話をして帰らない人、買い物して直ぐ帰る人など様々な人間模様を描いている。独り身の老人は不断話し相手がおらず交流の場にもなり、店員とのコミュニケーションを楽しんでいる人もいる。回るコースや止まる場所など工夫しているが、アサリ等の買い付けに深夜に箕輪町から一般道で名古屋まで走るとはちょっとビックリであった。海の無い信州で新鮮な魚介類を少しでも原価と売値を安くとの思いである。ネットや宅配もあるが、特に女性は「自分の目で見て買いたい」とうい思いがあるようだ。 高齢者から運転免許証を取り上げるのは簡単だが、その後の買い物などのバックアップが今後大きな社会問題になり、何れ誰しも歳を取り他人事でなく考えなくてはならない事である。

著者:堀 啓  発行:川辺書林

発売:2005年7月19日 定価:1429円+税


 「大陸打通作戦(湘桂作戦)」とは戦争末期に北京と仏印インドシナ(ベトナム)の輸送路確保の作戦である。中支那派遣軍第11軍の8個師団36万2000人が投入されたという。本書はその作戦に参加した著者(以下、彼)の体験記録である。

 下関、釜山、南京と進み中支那派遣軍7333部隊に配属され、内務班でさんざんビンタや手紙検閲などの内務班生活が記してある。彼は「迫撃砲」の担当になり、これは4つに分解し2頭の馬で運ぶと言う。何と、原爆の落ちる時代に馬を便り戦争をしていたのである。当時は赤紙一枚で招集できる兵士より馬の方が大事にされたのである。補給が無く現地での略奪や戦友の戦死や自殺などを体験する。 

 43年9月に招集された彼は桂林の南まで侵攻し撤退途中で敗戦を知り、46年5月に上海から博多に帰国した。その歩行距離は6500キロ人も及ぶという。一下級兵士のこの「戦争体験記録」は貴重である。多くが実名で記されており、この辛く過酷な体験記録は奥様の『三人の子どもにためにも戦争の記録をのこすべき』とのアドバイスに胸が熱くなる。堀さん、有難う御座いました。多くの人に読んで欲しいと思う。

著者:山岸重治 発行:川辺書林

発売:1997年11月1日(初版) 

定価:2000円+税

 

 私は13歳の少年まで軍に徴用された事は知らなかった。家族と共に満州に移住していた著者(以下、彼)は航空燃料の研究・生産を担当する中国・四平市(現在の長春とと瀋陽の中間)にあった『陸軍燃料廠関東軍満州二三八部隊』の技術者養成所の生徒として徴用されたのである。

 生活は軍隊と同じ内務班生活で、軍人同様さんざん暴力を受けている。この徴用が員数外なのか非公式なの征服も支給されるボロボロの私服であった。戦争も末期になり学徒動員や関東軍は17歳以上を招集したが、彼は14歳で正式に兵士に任命された。

 本書にはその後の戦争のことに止まらず、敗戦後も内戦状態の現地で八路軍や時には中央軍に加担し、敗戦後も技術者流用で残ったことなど記してある。

 家族とも別れ別れになり運良く彼は敗戦1年後に帰国できたが、その道も容易ではなく正に波瀾万丈の体験を強いられた。

 彼が一番訴えたいことは13歳の兵士が居たことと、そして、その仲間がシベリアに抑留された事を一番訴えたいと書いている。帰国後、彼は13歳の兵士たちが居たことを訴えたが「そんな事はない」と何処も相手にされなか

著者:新津新生  発行:川辺書林

発売:2010.5.6 定価:1600円+税

 

 27年間長野県各地で開いた『平和のための信州・戦争展』での700人の証言や聴き取りの中から39人を編集した本である。

 長野県が「教育先進県」である事は知っていたが、当時、長野が全県的に「労働運動、安保闘争」の先進県だった事は知らなかった。労組、市民、農民、そして学生との連帯や、青年団と青婦の交流など幅広く共闘していたことを知り感動である。信大の学生処か高校生まで授業をボイコットして市内デモや東京へも駆けつけたとある。信州では青年団や青婦共闘、「うたごえ」が盛大だったようだ。

 国会請願は最大1800人を送り全国一、地区共闘は170と全国二位とある。国会前で「むしろ旗」を掲げていたのは長野県連合青年団だったという。市内デモには映画『笛吹川』のロケで長野に来ていた木下恵介監督、高峰秀子、荒木道子、田村高広らがデモの先頭を歩いている写真もある。


編集:「平和のための信州・戦争展

                               長野連絡センター」

発行:川辺書林 (長野・地方小出版扱)

発売:2015.8.6 定価:1389円+税  

 

 1988年から始まった長野県の『平和のための信州・戦争展』での証言や聴き取り700人の証言聴き取りの中から39人「戦争体験」を纏めたもので、大きく「外地と内地」の戦争体験に分けてある。この27年間の運動の積み重ね証言を再び生かした貴重な本である。

 外地体験では元731部隊兵、開拓団、満蒙開拓青少年義勇軍、残留婦人、集団自決、シベリア抑留などの生々しい証言が載っている。また内地体験では沖縄、原爆、戦争と教育、B,C級戦犯、空襲・・・などの証言がある。

 この証言者の皆さんの多くは既に鬼籍に入られていると思うが、中でも「伊那中学事件」を初めて知った。1929年(昭和4年)当時「満州侵略戦争」に反対した中学5年生10人が退学処分を受けたトンデモナイ事件であるが青年たちの「正義感」に感動した。信州と言えば「信濃教育会」が有名で今も教育先進県と言われているが、それ故に、当時多くの「満蒙開拓青少年義勇軍」や「開拓団」を一番多く送っ苦い経験もしている。普通の市民や一兵士の貴重な証言集を多くの人も読んで欲しい。

著者:菅野良司 出版:岩波書店

発行:2015.7.24 定価:3200円+税

 

 私のライフワークは冤罪問題で「当番弁護士制度」を支援し、「被疑者公的弁護制度(被疑者国選弁護)」実現に参加した。冤罪に関心の薄い人たちは冤罪が確定しても「本当か?」と信じず、「それなら真犯人は何処に?」という人も少なくない。ましてや冤罪が「間違い」ではなく故意やデッチアゲ菅生事件)でもあることなど信じないであろう。

 私が冤罪に関心をもったキッッケは缶ビール20ケースの詐欺事件で自白し控訴もせず服役し、出所後自分で真犯人を見つけた下田缶ビール事件を知り、冤罪が身近と感じたからだ。氷見事件も同様で自白し控訴もせず服役出所後真犯人が判明(弘前事件も同様)したのである。この事件のキッカケは目撃証言から

 本書では時代を「戦後の混乱期、新刑事訴訟法定着期、司法の聴きの反動期、変わる刑事裁判」の4部に分け有名な17件の冤罪を記録しているが、小さな事件を含め冤罪はこの何百倍もあり日常茶飯事で「他人事」では無いことを知って欲しい。巻末の『戦後のおもなな冤罪事件』の一覧表も参考になる。

著者:保阪正康 発行:筑摩書房 

発売:2015.7.25 定価:1900円+税

 

 『きけわだつみのこえ』を読んで影響を受けた人は多いが、著者も高校生時代に読み昭和史に関心を持ったという。戦争と言えば誰しも「悲劇・被害」を訴え、また戦争記録はの多くは将官など地位のある人の記録が中心であった。戦争体験者の多くが鬼籍に入り、既に聴き取りは不可能な状況にある。そんななかで著者が4000人もの人の聴き取りをした記録は貴重である。本書はテーマを6章に分けその内容の多くは戦闘の最前線で戦った一般兵士の聴き取りを記している。特に、加害の面からも発言・証言してきた「日中友好元軍人の会」や「不戦兵士の会」、「中国帰還者連絡会(中帰連)」の元兵士からも聞き取をを可成り紙面を割いて記録している内容は貴重である。

 これらは遺された映像や証言、またこの様に記録した活字から学ぶしか無く、多くの人に読んで欲しいが、既に「品切れ」で私も「返本」を待って手にしたが、是非増刷して欲しいと思う。

著者:森川すいめい 出版:朝日文庫

発売:2015.7.20 定価:600円+税 

 

 精神科医の著者がホームレスを追ったルポである。

 ホームレスに至ったキッケの「理由」は言うまでもなくそれぞれである。家族との別離、離婚、障がい、アルコール依存、病気・・・、ちょっとしたキッカケの運不運で誰でもその可能性がある様に思う。

 自分のことを「無価値」だと思っている人が少なくないようだ。著者は必死で生活保護や入院・入所に手を貸そうとするが、多くの人はスンナリとは応じない。生活保護に対する拒否反応や「自由」を優先する人たちが少なくないようだ。そして、社会の多くは彼らを暖かく迎えることは少なく、彼らもなかなか心を開かない様である。

 福祉の窓口もこれぞれで熱心人もいるし、やる気の無い人もいるようだ。しかし、こんな仕事?を続けてくれる人たちに脱帽と感謝である。。

著者:藤田孝典  発行:朝日新書

発売:2016.6.30 221頁


 「下流老人」の表現が気に入らないが中身は良い本である。

 日本の現状は格差がどんどん開き、安倍首相はその拡大策を採っている。アベノミクスで経済好調、労働者のベアも実施と自画自賛だが、それは円安で輸出中心の大企業だけで、賃上げはそのおこぼれである。しかも、その賃上げは物価髙に追いついていない。否、平均労働賃金は下がり続けている。

 本書は「下流老人とは、下流老人の現実、誰もがなりうる下流老人、努力・往き責任論が貴方を殺す日、制度疲労と無策が生む下流老人、自分でできる自己防衛策、一億総老老後崩壊」の7章に分類されている。労働者の7割が賃金の安い厚生年金も無く身分不安の堤の非正規労働者であり、高齢会社会になれば生活保護なでの社会補償費が増えて当然だが安倍首相は社会保障にブレーキをかけ軍事費を増やす無策で在り、格差が開き数十年後にはトンデモナイ社会になるだろう。

著者:中村哲 澤地久江 B6版242頁

発行:岩波書店

発行:2010.2.24(初版) 定価:2000円+税


 尊敬している素敵な組合わせと思い手にしたが、新刊ではなく4年も前の発行で既に16刷とのことである。

 哲さんが「一応クリスチャン」(本人の弁)とは知っていたが、不勉強で火野葦平が叔父(母の兄)とは知らなかった。久枝さんは哲さんに何か支援できないかと考えたが「本を出すことぐらい」しか出来ないと対談(インタビュー)を申し込んだものの、哲さんは一時帰国中も超多忙で断られ何度かに分けてのインタビューである。

 ファーブルに憧れた虫好きだった哲さんは親の期待もあり医師になりキリスト教団体から3年の予定でペシャワールへ派遣されたのがキッカケである。現地ではハンセン病の治療などにあたったが、現地の貧困を無くさなければ解決しないと、その食料増産には水が必要を哲さんは現地の皆さんと水路建設を始めるが悪戦苦闘した。知られた通り今は医者と言うより立派な土木技術者でる。米のアフガン攻撃が哲さんが如何に困難に追い込んでれいいるか米は知るべきだ。内村鑑三の本を読み感動したと言うが一冊の本や音楽、一人の出会いで人生変わる、決まることがあると思う。

 ご家族も大変であったがそのご理解支援があったことも尊いと思う。宮澤賢治の『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない』が何時か実現する日が来るのだろうか、否、一歩でも二歩でその目的に進まなくてはならない。

藤原恒男・著 藤原時子・編 B5版 70頁

発行:自費出版 発売 2015年7月 ¥600

 

 藤原さんは島根県富山村(現、太田市富山)に生まれ、時子夫人は奉天(瀋陽)で生まれ12歳で帰国、夫人は藤原さんと結婚しなかったら自身の中国での恵まれた生活が「侵略」であった事に気付かなかったいう。

 藤原さんは軍隊で「およそ人間のすることではない」殺、奪、焼の「三光作戦」の実行者・日本鬼子となり、 作戦・討伐の名の下に直接70人余りの生命を奪ったという。戦後、5年間のシベリア(カザフスタン・カラカンダ)抑留後、戦犯として中国・撫順戦犯管理所での人道的待遇で「鬼から人間に戻してくれた」と貴重な記録が記してある。

 1956年の帰国翌日から警察に監視され、結婚後は経済的にも大変な時期もあり転居9回、転職10回を体験した。一時、都会にも出たがやがて故郷の三瓶山麓に戻り、古材を使い二人で2年掛けて素敵な山小屋風の家を造り、米以外は自給自足の生活をした。地元ではステンドグラス作家としても知られ活躍、お子さんや孫にも恵まれたが、夫人は藤原さんを交通事故で亡くし(享年83歳)、その7ヶ月前には最愛の一人娘の梨華さんをも病で亡くす辛い体験をしている。貴重な多くの写真と共に藤原さんの83年の生涯を回想している。多くの人に「戦争とは」を知って欲しいと思う。

編者:辛 基秀 発行:労働経済社

発行:1987.8.15 定価:9800円

A4版 314頁

 

 韓国・朝鮮と日本との歴史関係を私を含めどれだけの日本人が知っているだろか。

 多くの文化は中国から朝鮮を経由して日本に入いり、朝鮮と日本は長い間友好関係を続けてきた。しかし、1592年豊臣秀吉の朝鮮出兵(子どもの頃「朝鮮征伐」と聞いた)や、1975年の明治新政府による「江華島事件」など、更に、1910年に韓国を併合(侵略)い日本語使用の強制や神社信仰、創氏改名で名前まで日本名に変えさせた。更に戦時中には強制連行・労働、従軍慰安婦など差別や人権侵害を日本は侵してきた。

 本書はその1975~1945年までの貴重な写真集であり、その説明や解説も載っている貴重な歴史を証明する本であある。

聞き書き:室田元美 北川直美

写真:落合由利子  発行:ころから

発売:2015.7.10 定価:1800円+税


 戦争体験者は殆ど90歳を過ぎ多くの皆さんは鬼籍に入り、もう殆ど体験者ご本人から直接話をお聴きすることは困難な状況になっている。

 この本はそんな体験者の話を聴き、今の若者たちがその体験者への返信の手紙を書いたもので、体験者本人の証言とその感想が載っている。戦争の実態は話で何処まで伝わるかは難しいとは思うが、是非伝えて戴かなくてはならないと思う。それでなくても若人たちは「戦争」を身近に感じる事はないのではなかろか。それは戦後70年間に戦争が無かったことの有り難さだが、忘れてはならない事でもある。

 本書には15人の戦争体験者の証言があり、中国で虐殺をした元日本兵や原爆被災者、沖縄戦の体験、開拓団の悲劇、東京大空襲・・・・など、どれも忘れてはならない事実である。ただ、悲劇だけではなく、その原因と責任も一緒に考えなくてならず、ある女子大生の『問題の根本原因を突き止める努力を私は選びたいです』の言葉が嬉しかった。日本人犠牲者310万人というが、それは日本自身が始め「侵略戦争」の結果であり、中国やアジア各地で何の責任もない人たちが1000万とも2000万人とも言われる犠牲を強いた事も忘れはならない。この本を読んで若い人たちに「戦争と平和」について此からの自分たちの問題として考え欲しい。

著者:高橋章   発行:協有者

発行:1015.6.1 定価:1000円+税


 著者(以下、彼)がこの本を遺すことになったキッカケは安倍内閣の『日本を取り戻す。積極的平和主義』を主張する戦前回帰の危険意識がこの本を書かせた。彼は埼玉の秩父から9歳の時に一家で偽満州国「中川村開拓団」(三江省)で辛酸をなめ尽くしたが悲劇だけではなく、国家・軍・開拓団責任者の無責任への「怒りに」満ちている。

 「中川開拓団」(137個戸、597名)が入植したが、多くの土地は現地の皆さんが耕作していた土地であり、強制的に安値で奪われ彼らは日本人の苦力として働き、また入植した日本人も彼らの助け無しに農業は出来なかった。

 ソ連参戦での避難途中に団長から「病人、歩けない人、5歳以下の子どもは処分せよ」指示が出て、母親は彼の末の弟(3歳)を我が手で首を絞めている。そして、妹を川に流すが妹は必死に草につかまり、見かねた姉が「私が連れて行く」と妹を抱き上げたが、姉はその4日後に僅か14歳で亡くなったという。こんな家族や人たちがいっぱいいたのだ。その間、開拓団なか堀口辰三郎団長は『私が救援隊を呼んでくる。持ち金を出して欲しい』と要請、なかには命を助けるた娘を売ったお金まで出したが、団長は再び戻ることはなく、自分の家族さえ捨てて妾と先に帰国していたのである。

彼は12歳で満州で敗戦を迎えたが、家も学校もなく今も小学校の「卒業証書」は受け取っていないという。彼が帰国できたのは敗戦から13年後だった。彼は日本人として生まれて『幸せか不幸か、生涯自分に問いかけている。答えはまだ見つかっていない』述べている。

 満州でも沖縄でも軍隊は民を守るどころか、青酸カリや手榴弾を渡し自決を迫り、「ガマ」から市民を追い出し、親に泣く子の首を絞めさせたのである。安倍は今その時代・社会に戻そうとしている。涙無しには読めないこの本を安倍に読ませたい!著者も通過した「方正」では3000人もの避難民が寒さや餓死で亡くなり、戦後、中国政府が建立してくれた『方正地区日本人公墓地』が在る。しかし、日本には中国人、朝鮮人の「強制連行犠牲者」などの国の慰霊・謝罪碑は無い。日本の歴史は「日清、日露、日中、太平洋戦争」と侵略戦争の歴史であり、その後も、ベトナム戦争やイラク戦争に加担してきた。本の扉には当時の貴重な「写真」も載っている。再び過ちを繰り返してはならない!(『方正地区日本人公墓』) 

著者:NHKスペシャル取材班

発行:イースト・プレス B6 版 260頁

発売:2015.1.20  定価:1400円+税


 当日は短縮授業のため殆どの子どもたちは学校の管理下を離れ、自宅に居たり遊びに行ったり各自自由な行動を取っていたからである。教師も共働きの親も子どもに指示することが出来なかった中で一人の犠牲者も出なかったのである。それは学校で普段からの訓練の結果であった。

 釜石小学校では津波避難訓練や授業を年3~4時間程度やっていたが、それが役にたったのである。その訓練を子どもたちはあまり本気ではやっていなかったが、時間数の問題でなくやっていた事自体が役にたったのだ。市の防災アドバイザーだった群馬大学の片田敏考教授のアドバイスは大きかった。しかし、やはり当時教育現場も乗る気ではなかったという。片田教授は津波避難三原則を提唱している。①想定にとらわれるな、②最善を尽くせ、③率先避難者たれだという。つまり「そんな大きな津波は来ないだろうと考えず、各自が率先して避難し最善を尽くす」という事であろう。

 三陸沖には昔から「津波てんでんこ」という言葉があるという。つまり③の自身が率先して避難しろということだ。すると心理的に誘われて徐々に真似して逃げ出すのである。現に今回、率先して避難したのは学校で訓練していた子どもたちで、大人たちには避難する気はなく、子どもたちに誘われて仕方なく一緒に逃げて助かった大人や年寄りがいっぱい居たという。そして、授業の通り海から遠くではなく、「高い場所」に避難したのである。

 本書でも指摘している大川小学校がその対象である。十分時間がありながら「最善」を尽くさず大きな犠牲を出してしまった。児童の「裏山に逃げよう」との意見も教師は受け入れず、児童にそれ以上は言えなかったのである。学校は「児童の命を預かっている」という意識があったのか?私を含め多くの人はあんな大津波が来るとは確かに想わなかったでろう。しかし、他人の命を預かっているなら「最善の努力」をすべきだった。そして、「津波てんでんこ」は正しかったのだ。子や親、年寄りを心配して探したり一緒に避難したい気持ちは解るが、それは結果として犠牲者を増やすことになり、まず自身が避難する事が大事のようだ。この体験を将来に生かさなくてはならない。

著者:吉開那津子(湯浅謙・追補)

出版:日中出版 発行:1996年9月10日

定価:2000円+税 B6版 258頁


 この本は「中国帰還者連絡会」(中帰連)の元軍医だった湯浅謙さん(故人)からの聞き取りを纏めたものです。湯浅さんは山西省の潞安陸軍病院での自身の「生体解剖」を証言し続けて来ましたが、この本にはその生々しい証言も載っています。

 子どもの頃に「関東大震災」に遭い一命を取りとめ、その後、慈恵医大を卒業し、当時、伝染病専門の駒込病院に勤務するも、招集で旭川に入隊し2ヵ月の軍医教育を受け、山西省「潞安陸軍病院」に軍医中尉として派遣されまた。

 戦後は国民党軍に徴用され、新中国独立後は解放軍の病院に勤務後の51年に捕虜として永年捕虜収容所に収容されました。翌52年に太原監獄に移送され、56年の特別軍事法廷で「起訴免除」とされ帰国しました。帰国後は民医連・西荻窪診療所長をなどをされました。この間にも多くの証言を行いその回数は600回を超えるといいます。

著者:久保田貢 出版:真因本出版社

発売:2015年4月25日 A5版 174頁

定価:1600円(税別)


 今年は戦後70年になり戦争体験者の話を直接聴くことは非常に困難に時代に入っている。親や教師たちの多くも戦争を知らず、これからは映像や写真、本などで過去を知るしか方法がなくなってきている。

 この本は時系列ではなく何処からでも感心のある頁から読め、行間も広く文体も若い人や子どもたちにも読みやすい。そして、殆どの頁に各地の平和記念館慰霊碑などの写真や資料が載り、しかも丁寧な解説もついている。

 戦争と言うと誰でも「被害や悲劇」を訴えるが、この本は冷静にその責任や日本の加害にも触れ、昭和天皇の戦争責任もキチント指摘してる。子どもたちの教科書は検定の名の検閲で加害など都合の悪いことは載っていない。与えられる情報だけではなく、自ら関心を持ち知る努力をしなければ本当の戦争は解らない。軍隊は沖縄でも偽満州国の開拓民も護らず犠牲を強いた。日本人310万人の犠牲に比べ中国では1000万人、アジアで2000万人もの犠牲を強いられた彼らに何の責任もない。多くに人たちに手にして欲しいと本である。

著者:村瀬守保 出版:日本機関紙センター   B5版157頁 発行:2015.5.10(初版2005年)  定価:2400+税


1部:入隊そして上海へ

2部:上海から南京へ

3部:徐州作戦

4部:漢口作戦

5部:遙か山西省へ

6部:ノモンハンそして帰還 

 

村瀬守保さん(1909年~1988年)は1937年(昭和12年)7月に召集され、中国大陸を2年半に渡って転戦カメラ2台を持ち、中隊全員の写真を撮ることで非公式の写真班として認められ、約8千枚の写真を撮影した。天津、北京、上海、南京、徐州、漢口、山西省、ハルビンど、中国各地を第一線部隊の後を追った村瀬さんの写真は、日本兵の人間的な日常を克明に記録しており、戦争の実相をリアルに伝える他に例を見ない貴重な写真となっている。一方でほ、南京虐殺、「慰安所」など、けっして否定することのでぎない侵略の事実が映し出され、人間性が奪われてしまう戦争の本質を明らかにしている。一部の人たちが「南京大虐殺」を否定しているが、この村瀬さんのこの「写真集」にもその事実が記録されている。

著者:上野志郎  発行:2004年5月24日

発行:「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」北海道支部

A5版 85頁 (写真、図入り)


 戦争と言うと誰でもその被害と悲劇を訴えるが「加害」についてどれほど考えているだろうか。 あの戦争で日本人犠牲者310万人と言われるが、それは自国が始めた戦争の結果である。しかし、中国はじめアジア各地で日本が始めた戦争で1000万人とも2000万人とも言われる犠牲を強いたのでありその人たちには何の責任もない。

 特に中国市民への虐殺・加害はひどく「殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くし」の所謂「三光作戦」どころか、人をマルタ(丸太)やチャンコロと呼び人間扱いせず生体解剖までしたのである。国家総動員法で全て軍に動員され不足した労働力の一部を強制連行したのである。国内135事業所約中国人4万人余りが連行されている。 特に北海道ではその約半分の1万6千人余りが58事業所に連行された。

 54年10月に室蘭の「イタンキ浜」で125人の遺体が掘り起こされたが、室蘭では1800人のうち、560人超える人が犠牲になり死亡率は30.3%にも及び三人に一人が亡くなっているという。

著者:室田元美 出版:こどもの未来社

発売:2014.3.22  定価:800+税 


 本書は「東アジア」を考える下記の4つの若者たちの組織・運動のレポートである。

 日中韓の歴史認識を共有して作った『未来をひらく歴史』(公文研)の編纂・発行がキッカケで出来来たのが毎夏開かれている「東アジア青少年歴史体験かキャンプ」である。四国の「幡多高校生ゼミナール」は高校の先生が立ち上げ韓国との交流を進め、この二つの組織は中高生がメインの組織である。

 北海道の「東アジア共同ワークショップ」は戦時中の強制連行・労働で犠牲を強いられた人たちの遺骨収集と母国送還の運動をしている。「ブリッジ・フォー・ピース」は大学生だった神直子さんがフィリッピンで、日本軍に夫を殺され女性から「日本人なんか見たくなかった。なんであんたはここに来んだい?」と拒否され、戦争被害が中国、朝鮮・韓国だけでなかった事を知り、戦争体験者からの聴き取りを続けている。

 何れも若者の組織・団体でそれぞれの国とも交流を進め理解を深める努力を続けている。日本の学校では侵略や加害は教えず、学校教育で歴史の事実を知ることは不可能である。自ら興味を持って知る努力をしないと本当の事を知ることはできない。相手の国や立場も考えなくては和解や平和は訪れず、これらの若者たちの努力は貴重であり、是非この先の人生に生かして欲しい。そして、大人たちに今の時代にこんな若者たちが居ることを知り、理解と支援をして欲しいと思う。それは我々人生の先輩の義務でもある。


著者:久保田沙耶  発行:小学館

発売:2015.2.7      定価:1200円+税

 

 東日本大震災で1200人余の命が失われた岩手県大槌町の海を望む高台に、電話線がつながっていないもののの、天国まで心の電話が繋がる『風の電話』が知られえいるが、その手紙版がこの『漂流郵便局』である。

 届け先の判らない手紙を受け入れ、「宛先不明」で返信されないことで届いたと信じて投函し、また返事が来ない手紙でもあり、ちゃんと郵便局長さんも居る。実際に在った香川県三豊市の沖合の小さな島の旧淡島郵便局がその『漂流郵便局』である。

 差出人住所は必要なくこの郵便局に来れば誰でも読め、また、差出人が自分の手紙やハガキに会いにも来る。

 亡くなった人だけではなく、10年後の自分や子どもの頃の自分、また友達作りが苦手な青年は宇宙に発射された宇宙船ボイジャーに「出会いがありましたか」と問いかけている。でも、やっぱり亡き人への手紙が心を打つ、写真も豊富にあり感動する本で、金線の入ったデザインの制服も素敵である。夢と希望を与えてくれる郵便局である。

著者:佐竹直子

発行:北海道新聞社

発売:2014.12.6

定価:1296円+税

 

 戦時中の「治安維持法」時代、旭川師範学校の生徒たちが、生活を自由に描いていた図画が反動的だと逮捕された『生活図画事件』と言われる思想弾圧事件があったが、この事件はその綴方(作文)編である。

 当時、同様に北海道の小学校で自由に生活の中の作文を指導していた教師たちが、「治安維持法」違反と弾圧を受けた『北海道綴方教育連盟事件』を掘り起こした本である。

 著者の佐竹直子さんは「北海道新聞」釧路支社の記者であるが2013年8月、当時この事件で逮捕された故松田文治郎さんの「獄中メモ」を、同様に逮捕された元教師の故坂本亮さんが戦後住んでいた札幌の自宅から、偶然発見した処から過去への追求が始まった。

 当時「北海道綴方教育連盟」に加盟していた彼らは人望があり高い評価を受けていたが、子どもたちに「貧困を考えさせる作文など書かせてはいけない」というのである。56人が逮捕され12人が起訴(うち一人死亡)され、警察・留置場をたらい回しにされ、取り調べは苛酷で勾留は実質無制限で2年半も勾留された人もいる。

 しかし、運良く良心的弁護士に出会い、その一人が戦後、民選札幌市長に選出された高田富与弁護士で、起訴された11人全員の弁護を引き受けた。結果として判決は懲役1~2年で全員3~5年の執行猶予がついた。これは当時としては良心的判事だった浜辺信義裁判長が「無罪」にする事が困難な環境の中で、少しでも早く解放させる手段でもあったという。しかし、この間に彼らは教壇を辞職の形で去ることを強制された。

 戦後、教壇に戻ったのは11人のうち4人だけで他の道に進んだ人など様々である。当時、逮捕された一人の坂本亮さんは76歳だった84年9月、釧路のホテルで還暦を迎えた教え子たちを前に「特別授業」をしている。学級文庫『ひなた』を読んでいたこの教え子たちが、当時、無罪を訴える署名を集めてくれたと言うが、この師弟愛に私は『二十四の瞳』を思い出す。この事件は三浦綾子の『銃口』のモデルでもあるという。『生活図画事件』の松本五郎さんや『横浜事件』の木村亮さんのまき夫人、治安維持法の研究者で小樽商科大の荻野富士夫さんが寄稿し、最後に『獄中メモ』の抜粋が載っている。

 当時、治安維持法の改悪で無期を死刑に引き上げたが、公務員法で守秘義務に罰則あるにも関わらずず、懲役10年を課し脅し萎縮させ、市民の耳目を塞ぐ『特定秘密保護法』を強行可決し、集団的自衛権、武器輸出と、そして道徳を正規の教科とし、その価値観の評価まで導入し「修身」が復活使用し、いま完全に「何時か来た道」である。再びあの時代が再来しないよう一人でも多くの人にこの本を読んで欲しい。