【私の読んだ本から】2013年

 『その時、ラジオだけが聴こえていた』

 

 ~3・11 IBCラジオが伝えた東日本大震災~

 

企画・編集:荒蝦夷、西脇千瀬

出版:竹書房 発行:2012.8.17

A4版143頁 定価:1300円+税

 

 あの「3.11東日本大震災」の時に地元紙の『河北新報』の活躍は本にもなり「新聞協会賞」も受賞したが、活字メデイアはタイムラグがありスピードでは電波には叶わない。
この本は地元ラジオ局の当時「108時間」連続放送の状況を纏めた本である。
 重大災害の場合福島原発を見るまでもなく、まず「電気」が遮断されることは覚悟しなくてはならない。テレビ電波を発信できても多くは受信できず、その時に活躍するのがこの電池など僅かなエネルギーで受信できる「ラジオ」であり、最近はラジオと懐中電灯をセットにた手回し発電機付きの物も売っている。 
 あの時、私の住む埼玉でも体験したことがない揺れだった。そんな中でこの地元民間放送局のIBC(岩手放送)も大活躍した。あの揺れの中で仕事とはいえ、内心はともかく表面上は非常に「冷静」にアナウスしている。アナウンサーは自身に「冷静に、冷静に」と言い聞かせたという。自分や放送局がパニックになってはいけないのである。その放送は付録に付いている「当時の放送」のCDを聴いても解る。自家発電の燃料の心配や最悪の場合はスタジオではなく、「送信所」からの放送まで考えていたという。
 中央のキー局は現場向けの放送だけを続けることはできず、そこで力を発揮するのが地元局と電波エリアの狭いFM放送である。私はこの本でテレビとラジオの決定的な違いを知った。それはテレビは不特定多数に向け話しかけるが、ラジオは視聴者個人に話しかけることが多いということであり、勿論、ニュースなど全ての番組がではないが。そして、普段からリクエストやご意見などメールやファックスなどで双方向のやりとりが、テレビより遙かに多く視聴者は身近に感じているということである。一方でアナウンサーの責任ではないが、当初、津波予想高さを「20センチ」と報道した事を非常委なやんだという。そして、放送を聴いて助かった人の一方で、聴けずに亡くなった人も多かった。
 そして、ローカル局では視聴者がアナウンサーの声と名前が一致しているという。そんなアナウンサーの声で呼びかけられると安心したと、後日、多くの人から感謝の言葉をもらったという。
 当初は「ラジオ」の提供を呼びかけたり、安否情報を流したという。警察は死亡者の確認はしても、生存者の情報は扱わないのである。「○○さんは何処で無事です」というような安否情報を流すと次々に局に情報が寄せられてと言う。
 ラジオは一部に仕事や家事をしならは聴け一部のファンは居るが、テレビに比べ地味で採算も苦しいという。私も聴くのカーラジオくらいであるが、改めてラジオの必要性を痛感した。後半には当時放送に携わった人たちのコメントや座談会も載っている。
 

 

 『私は負けない~郵便不正事件はこうして作られた』

著者:村木厚子 発行:中央公論社 

発行:2013/10/25 定価:1470円

 

 障害者団体への郵便料金割引制度を悪用された郵便不正事件で、部下の係長が多忙の仕事を済ませたくて上司の公印を無断で押印し「証明書」を発行した事件だが、上司の村木厚子課長(当時、以下、彼女)などが逮捕された事件である。

 冤罪の殆どが「自白」している中で彼女ががどうして「否認」を通せたのか知りたくて手にした本であるが、答えは簡単であった。彼女曰くつまり「運が良かった」と言うことで私も納得した。日本の裁判の多くは裁判官の当たり外れで決まってしまう。裁判官の独立を認めた憲法の「法律と良心にのみ」に従って判決を出す裁判官はほんの一握りで、多くの裁判官は業界で「ヒラメ判事」と言われる上ばかり見ている裁判官であり、良心的裁判官に当たることは非常に運が良いのである。他に家族を始め職場の仲間たちが支えてくれ、弁護士も連日「接見」してくれたことな、また、政治家からの要請との検察主張に「アリバイ」が判明したのも運が良かった。

 多くの人の「なぜ自白?」の疑問に取調がキツイと思う人が少なくないが、一番の原因は代用監獄による勾留の「心理的圧力」だという。その心理は体験者でないと理解は難しいであろう。この「代用監獄」(本来、法務省管理の「拘置所」に勾留だが、警察の「留置場」を代用に使用)はアムネスティーなど外国からも人権違反と批判されている。
 虚偽証明書を発行した係長が「課長の指示」と自白した原因も同様であった。幾ら、訴えても警察・検察は聞く耳を持たず、自分ちに都合の良いことしか調書に書かず、しかも、事実と違う書き方をされる。とにかく現状からの釈放しか考えられず、結果として警察・検察の言いなりになってしまったのであり、係長の自白で逮捕された彼女は係長に同情している。
 彼女は「証拠の全面開示、代用監獄の廃止、取調の可視化」などを訴えているが当然であり、可視化されていない先進国は日本だけで、税金で集めた証拠は検察だけのものではなく、古くは松川事件、最近でも足利、布川、東電OL事件・・・なども検察の隠蔽証拠の開示が無実を証明したのである。人権無視の代用監獄は時代遅れも甚だしく、憲法は黙秘権を求めているなかで「自白重視」を裏付けている。

 本書は公判で彼女と自白した係長と、江川紹子さんの「対談」が載っており、係長が如何に自白に導かれたか興味深い内容であり、冤罪に関心のある方には是非読んで欲しいと思う。彼女は無罪判決後の2013年7月に厚生労働事務次官に就任した。

 

 

 『冤罪放浪記』(杉山卓男・著 河出書房新社)

著者は今や有名人の「布川事件」の元無期懲役囚・杉山卓雄さん(以下、彼)である。
 官憲は犯人が判明しないと前科者や不良、職業不詳などの人たちをマークし、彼も運悪く当時その不良の一人として目を付けられたのである。しかし、だからといって根拠もなく逮捕起訴していい訳はない。
 彼の逮捕は「似ている」との目撃証言(後日「嘘」であったことが判る)と、共犯とされた桜井昌司さんの自白だった。この「目撃証言」と「自白」が多くの冤罪の原因で、人の記憶は非常に曖昧で、官憲に誘導され「似ている」がしまいには確信に変わっていく場合が少なくなくない。自白と目撃証言はあくまで主たる証拠ではなく「補強証拠」でなくてはならないが、殆どの裁判官は公判で否定しても捜査段階の「自白」を信用し証拠採用する傾向がある。
 彼も何を言って聞き入れられず「自白」をしてしまう。後日、桜井さんの無実を知るが既に遅かったのである。彼は本の中で若い頃には無免許運転や暴力事件、ヤクザとのつきあいなど学校も退学処分にされ少年鑑別所へも送られた話しを書いている。
 彼は獄中で多くの人とも知り合っており処刑された連続射殺事件の永山則夫とも文通し、寸又峡事件の金嬉老とは「袴田事件は無罪だ」とも話し合っている。
 冤罪には多くの原因がありよく「冤罪を防ぐには?」と聞かれるが、「毎日弁護士が会いに行くこと」というのが私の答えですと書いてある。そして、一度だけ無料で接見してくれる当番弁護士制度の利用や黙秘権も有効という。この本では「狭山事件、仙台筋弛緩剤事件、名張ぶどう酒事件、大崎事件、福井女子学生殺人事件・・・・」などにも触れ、冤罪の理不尽を訴えている。彼は今も各地の「冤罪集会」に参加し激励している。

 生まれながらにして「悪い赤ちゃん」は例外なく一人もいない、その人生を狂わしたのは貧しさや親を含めた社会の責任でもある、と私(芹沢)は思う。「取調の完全可視化」と「証拠の全面開示」が必修急務である。

 

 

 

 『砕かれた神』(渡辺清・著 岩波現代文庫)

 本書は44年10月、レイテ沖海戦で撃沈された戦艦「武蔵」の生き残り兵士(以下、彼)の日記である。、彼は静岡の小さな自作農の次男坊で、復員の45年9月から約7ヶ月間、、両親と兄の農業を手伝い居候をし、兄が結婚することになりその実家を出るまでの日記である。

 戦前、戦中の教育、否、「調教」を額面通り受けた彼は、全てを皇国の天皇に捧げ投げ打ち命令に従ったきたが、当時こんな人たちは少なくなかったであろう。 彼は無事復員したものの戦死した仲間を思うと、生き残ったことへの罪悪感を感じ「自暴自棄、茫然自失」になり、到底「戦争が終わり良かった」との思いにはなれなかった。 彼は「虜囚の辱めを受けす」としてきた天皇の軍隊で「天皇はどう責任を取るのか?」考えていた。まさか、敵の捕虜や戦犯裁判にかかることはないと信じていた。

 しかし、マッカーサーが両手を腰に、その隣で天皇が直立不動の姿で採った新聞掲載写真を見て愕然とする。彼にはマッカーサーが天皇を訪ねても、天皇がマッカーサーを訪ねるという屈辱は許せなかったのである。多くの兵士などが自決したように天皇は「自決して責任を取るのでは?」とさえ考えていたからである。まさか、おのおのとマッカーサーを訪ねるとは夢にも思っていなかったのである。 

 しかし、その後も天皇に責任を取る様子も退位する様子もなく、彼は徐々に「天皇に裏切られた、騙されていた」と気付いていくのである。しかし、友人から「信じていた自身には責任は無いのか?」と問われ、当初、彼はその意味が解らなかったが、後日、権力を鵜呑みにしていた自分にも責任があったことにも気付いていくのである。
 戦死した兵士の母親は「生まれた時に腕か足の一本も折っていけば良かった」との言葉に、私は親の悲しみの深さを改めて知った。
 そんな戦いを強制され復員した彼らに社会は「敗残兵、特攻くずれ」と接したのである。彼は戦闘にも参加しないで余りにも無責任な発言に怒っている。また、売春についても「夫を亡くし、子どもを抱えて生きていく苦労を知っているのか!」と思いを寄せている。

 しかし、彼が怒ったのは天皇だけではなく、すべてを「軍閥、財閥」の責任に擦り付け転向の早い教育や教師、マスコミも批判している。子どもたちに教科書を黒く塗らせ、昨日まで言っていた事とは反対に、天皇は神ではなく人間だと、民主主義だと教え、何故、教師たちは責任を取らないのか!マスコミも何故「天皇の責任」を追求しないのか、その無責任ぶりに怒り呆れ彼は「もう騙されない」験や判断だけで行動すると言っている。新憲法の天皇「象徴」もとんでもない「厚顔無恥の人間天皇」だと受け入れず批判している。

 私も国民が餓死している状況の中で、敗戦の年に天皇が早々に「歌会始め」を開いていたことや、大相撲もやっていたとは知らなかった。
 しかし、彼は民には優しく、食べものがなく餓死する人たちもいる中で、物価統制のため「買い出し」に来る人や疎開の人たちに母親と共に優しく接している。
 彼はもう「国が滅びても戦争には参加しない。騙されない」と、相手の立場を理解し「権力の手先」にはならないと決意している。

 そして、最後に彼は天皇に手紙を書いている。
 その内容は今までの軍隊の俸給に止まらず、支給された服や軍靴や恩賜の煙草一箱まで、金に換算する失礼をわびながら返納している。『総額4281円5銭になりますが、切り上げて4282円をここにお返しします。私は、これでアナタには何の借りもありません』と書いている。
 当時、なぜ多くに人がこの様な気持ちになれなかったのか、結局、再選直後から天皇は再度米国に利用されたのであり、彼には到底っっそれは許せなかったであろう。
 いや国民の世論が盛り上がっても日本は「無条件降伏」を受け入れ一切の権限を握っていたGHQには勝てなかったであろう。

 日本では何でも結果と現象だけを見る傾向があるが、その「原因と責任」を考えることが必要であり、この戦争もそこが欠落している。「尖閣問題」も同様であり、その原因は石原前都知事の言動と国有化である。政府に言わせれば「自国の領土を誰に登記使用と自由だ」ということであろう。しかし、それでは中国に面子は丸つぶれであり「相手の立場を理解している」とは言えない。外交とは自己主張するだけでは進まない。
 あの戦争で日本が多大の侵略・加害を与えた中国が賠償権を放棄したのみならず、軍事法廷で一人の無期も死刑を認めなかった「寛大措置」をどれだけの人が知ってるだろうか。

 昭和天皇は靖国に参拝しなくなった理由を「A級戦犯を合祀したから]と、その責任をA級戦犯に転嫁しているが、100歩譲って「政府や軍に利用された」としてもその責任があった。当時、国は「皇国」であり軍は「皇軍」であり天皇に責任が無い訳はなく、米国にさえ利用されたのであり、著者はそれを「厚顔無恥」と指摘している。

 

 

 『戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記録』(山本宗補・著 彩流社)

(著者:山本宗補 発行:彩流社 A4判160頁)
(著者:山本宗補 発行:彩流社 A4判160頁)

 本書は今年8月15日発行の新刊です。
 被害、加害を問わず著者が70名の戦争体験者に聴き取り、その人の写真と証言を左右2頁に治めた「写真集」でもある。
 冒頭に「元中帰連」の小山一郎さん(2010年没)が自らの「実的刺突」(中国人を縛り付け的の代わりに突き殺す初年兵の訓練)や強制連行、命乞いをする老婆の殺害などを証言している。 他にも軍医だった湯浅謙さん(2010年没)、2000年に従軍慰安婦問題を裁いた「女性国際戦犯法廷」で加害証言をした金子安次さん(2010年没)、松江市の難波靖直さんの4人「元中帰連」の皆さんが収録されている。
 本書は①アジア、中国、シベリア、②東南アジア、③南洋、沖縄、 ④本土、空襲、被爆者に4分類され、その各編に証言者の体験した場所が何処か解る地図も載っている。
 兵士の証言のみならず、所謂、従軍慰安婦、開拓団、現地人の証言、兵隊同様に「赤紙」一枚で招集された元日赤看護婦は「再び騙されてはなない」と訴えている。知られている通り南方の戦死の多くが「餓死」であり、「人肉を食べていた」との証言や、自殺した兵士は戦死したことにしたり、沖縄でも軍は民を守らず壕から追い出し、母親が自らの子を殺害した現場を見た証言などもある。
 また、毒ガス工場で働いた証言、人間魚雷「回天」の元特攻隊員、沖縄戦を始め東京、名古屋、大阪などで空襲に遭い孤児になったり傷害を持って生きてきた証言、一人で反戦と憲法擁護を訴えてきた益永スミコさんは『原因は自分たちにある』と指摘している。写真家の福島菊次郎の証言も載っており、それぞれの証言者の写真や辛い写真もあるが、素晴らしい証言写真です。