2017年

編集:冤罪ファイル編集局 発行:希の樹出版

発売:2017.1.27  定価:650円(税込)

 

 一般市民向け「冤罪専門」の貴重な季刊誌(年3回)である。創刊から既に27号である。冤罪が他人事ではなく、こんなひどいヤラセやデッアゲなどがあり、何時自分に降りかかってくるか分からない事を多くの人に知ってほしい。

 憲法には「自白だけでは処罰されない」とあるが、多くの裁判で「自白」だけで如何に多くの有罪判決を受けていることだろか、冤罪は昔のことでなく今も日常茶飯事に起きている。冤罪を判決した裁判官は処分される処か、出世するのである。

 

 本書はそれぞれの事件を具体的に、分かりやすく説明しており、一人でも多くの人に購読してほしい。 

著者:毎日新聞大阪社会部 発行:新潮社

発売:2016.12.20  定価:1300円+税

 

 「介護殺人」の言葉を聞くことは珍しくなく「孤独死、孤立死、老老介護、老障介護・・・」などの言葉も聞くが、本書は愛する人を自ら殺害したした辛い話である。
 言うまでもなく記者が訪問しても簡単に聞ける話ではなく、根気よく「その思いを伝えたい」と何度も訪問して本人に聞いた貴重な話で、何度も胸を熱くして読んだ。原因は経済的問題、孤立、睡眠不足・・・・一つではなく複合原因もある。夫婦間での加害者は夫が72%、親への加害は息子が71%というが何れも男性が70%を超え男は耐久性がないのだろうか?それとも仕事や社会との板挟みもあるかもしれない。しかし、女性のホームレスは非常に少ない。

 こんな国が「先進国」なのか! 目指すは経済大国でも軍事大国でもなく、ましてや「世界の中心で輝く国」(安倍首相の言葉)の必要はなく、目指すはデンマークやスエーデンの様な福祉国家である。

著者:松谷天星丸 出版:幻灯社

発売:2016.12.10  定価:\1000+税

 

 小生も75歳、老老介護も他人事でなく書名が気になり購読し「はじめに」を読んでビックリした。

 著者は4人姉妹の次女で姉は戦後初の女性国会議員(27歳)の一人で、後に、外務・厚生大臣や衆院副議長までした園田直の奥様だった。そして、何と名前が順に「天光光、天星丸、天飛人」で、末の妹だけ普通の徳子だった訳は本書にも説明がある。

 その姉は活発で妹3人は「お姫様を支える3人官女」のようだったという。姉は外での活発な活動の反動からか、自宅では介護する著者にも本当に無口であったという。そして、痛いとか苦情は殆ど口にせず、その代わり食事を作っても「美味しいとも、まずい」とも言わなかったという。

 著者は医師・医学博士で「思う人が居なかった訳ではなかったが」結果として彼女だけ独身だった。母は末の妹・徳子の出産3日後に亡くなり、また、長姉を母の様に慕っていたこの徳子が最初に亡くなったという。姉は幾つもの病と闘い糖尿病と心臓の持病を持っていたが『私の人生なのだから私の自由にさせて』と言っていた。一方の筆者も結核で「九死に一生」の体験し、医学部受験は30歳になっていた。父は『自分の考えを持ち、経済的にも自立して、世のため、人のために尽くす』が理想で厳しかったという。しかし、病気になると逆にとっても優しく子どもの頃には「病気になりたい」とさえ思ったという。

 色々あり80歳を越し姉と二人で暮らす家を建て老老介護が始まる。元々痩せ形の著者は38キロ、58キロの姉の介護は体力的には大変だったという。本書を読み著者に介護され姉も著者も幸せだったと思う。残りの時間も健康で幸せに生きて欲しいと思う。本書には多くに介護の「ヒント」もあり是非読んで欲しい。

 姉妹は「お姉様」とよぶ良家の子女で、普段「俺」と表現する小生と世界は違うが、実に赤裸々に書いてあり親近感が湧く本である。一人っ子の小生は「兄弟・姉妹」が羨ましく思った。姉の夫、つまり園田直と言うと、ハンセン病の長島と本土を結ぶ「人間回復の橋」を架けた大臣として思い出す。

編者・発行:「中帰連発行所」

発売:1016.12.31

 

 「中帰連(中郷帰還者連絡会)」は、既に高齢のため2002年に解散している。 主に戦後シベリアに抑留された60万人の中の約1000人で、1950年に「戦犯」として旧ソ連から中国に「戦犯」として引き渡された人たちである。彼らは「焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くし」の所謂「三光作戦」など多くの加害・虐殺をしてきた。

 しかし、中国で6年間の人道的扱いの中で認罪(反省)し鬼から人間も戻り、56年の特別軍事法廷で起訴されたのは元軍人や政府高官の45人だけで、他全員は起訴免除とされた。そして起訴された45人に死刑も無期もなく最長禁固20年で、その刑期にはシベリアの5年と管理所の6年が参入された。

 これは周恩来が「制裁や復讐では憎しみの連鎖は切れない。20年後には解る」と判決文を4回も書き直させた結果であった。帰国翌年の57年、彼らは反戦平和と日中友好を願い「中帰連」を結成し、自ら犯した加害や虐殺の事実を証言してきた。 

 この証言に右翼などから「嘘だ、脳だ」との批判に抗して、彼らが発刊したのがこの季刊『中帰連』で、今も後継組織が発行を続けてている。

(希望者はnpo-kinenkan@nifty.comへ \500)