【弁護士が騙した!花岡和解】

  「花岡事件」のリーダーで裁判の原告団長だった耿諄さんは鹿島の責任を認めない「和解金」を受け取らず、2012年8月27日に自宅でお亡くなりになりました。(98歳)

 心からご冥福をお祈りし、日本人の一人としてお詫び申し上げます。

 

◆【花岡和解】拒否貫いた・耿諄さん逝く
 

  (著者:旻子、翻訳:山辺悠喜子、発行:日本僑報社)
  (著者:旻子、翻訳:山辺悠喜子、発行:日本僑報社)

戦時中、秋田の花岡鉱山(現「鹿島」)で強制連行・労働を受けた中国人労働者が脱出を試みたものの失敗、多くの虐待・虐殺を受けた『花岡事件』で、現・「鹿島」とその和解が成立した事は知られているが、その経緯は殆ど知られていない。

 

 この和解では原告らは弁護団から『共同発表の趣旨に則り和解』と口頭説明を受けたが、その時に「和解条項」が原告らに渡されず、後日「和解条項」にはただし、被控訴人は、右『共同発表』は被控訴人の法的責任を認める趣旨のものではない旨主張し、控訴人らはこれを了解した】と責任を否定する記述が追記されていたのであるこれを指摘された弁護団は「口頭で説明した」と主張したが、その口頭説明でも肝心のこの「追記部分」が通訳されていなかった。その事実を知った当時の隊長で原告代表の耿諄さんたちは、【「和解条項」が和解説明と違う】と和解拒否をしていることも殆ど知られていない。

 

 この「議論」のキッカケは日本軍の「従軍慰安婦」裁判でも証言している精神医学者の野田正彰氏の08年の雑誌『世界』の連載、「虜囚の記憶を贈る」での指摘などから浮かんできた。(後に、『虜囚の記憶』みすず書房、に加筆のうえ収録)


 下記はその後「花岡事件」の弁護団の一人である内田雅敏弁護士や林伯耀氏などが、野田氏への反論を同誌等に書いて議論になり、『世界』編集部が検証チーム(有光健、内海愛子、高木喜孝、岡本厚の各氏)を組み検討した結果報告(『世界』09年9月号)などに対する、私見を含む事実経過である。

 『世界』の検証結果は下記の通りである。

 

① 弁護団は和解案を原告に提示せず、口頭で和解内容を説明した。(『世界』08年7月号302P他、林伯耀氏)

② この口頭説明の時点で「共同発表」に無かった「右『共同発表』は被控訴人の法的責任を認めるものではない旨主張し、控訴人らはこれを了解した」との追記部分の、「特に『控訴人らはこれを了解する』との重要な一句は通訳されていなかったことが確認された」(『世界』09年9月号289P、291P)

 ③ しかし、結果として「弁護団が故意に説明を省略して原告らを『欺いた』との指摘は当たらないと判断する」(同292P)

 

 この検証結果には和解条項を提示しなかった「理由」が無く、また、今まで弁護団からの釈明もない。 この様にゴタゴタにならないために和解条項という「文書」が存在しているのである。。検証チーム自身も「和解条項は判決書と同じ法的効力を持つ」(同284P)と認める程大事な「和解条項」を、何故、原告に渡さず通訳もしなかったのか?

 

 私は「住基ネット」裁判を齋藤貴男氏らと共に最高裁まで闘い、弁護士はすべてボランティアだが、判決文のみならず準備書面など書類はその都度、全て私の手元に届いている。原告に「和解条項(判決文)」を渡さない事などあり得ず考えられないことである。 また、「和解条項」を渡さなかった事と、その「肝心の部分」を通訳しなかった事は「偶然の一致」なのか?、私は納得できない。弁護士はあくまで「原告代理人」であり、平頂山事件では「お金ではなく名誉と尊厳を守りたかった」と、敗訴したにも拘わらず弁護団は原告に感謝されていること(『平頂山事件とは何だったのか』高文研)と対照的である。


 既に弁護団長だった新美弁護士は亡く、私は過日、内田弁護士に手紙を出しご返事を戴いたが、「裁判所もこれだけ努力した結果」とだけあり、私の「どうして和解条項を提示しなかったのか?」との質問に答えはなかった。

 

 和解では責任を認めた「共同発表を再確認」と説明しながら、和解条項には「法的責任はない」と追記してあったのである。「和解条項」を提示せず、口頭説明でも通訳されず原告に伝えられなかったのは「偶然」であろうか!?当時、原告は勿論マスコミも「和解条項」を知らず「原告以外にも補償が広がった」との弁護団の「自画自賛」を鵜呑みにして評価・報道したのでる。耿諄 さんは最後まで賠償ではない「和解金」を受け取らなかったことは、正に『尊厳』を守ったと言えるが、どんなにか悔しかったであろうか!

 

 この責任を否定した和解金は「支払い義務の無い金」であり、募金方式の「アジア女性基金」と同じ賠償金ではなく「恵んでやる金」と言う事になる。一方、上記の通り平頂山裁判では「金より尊厳」と敗訴しても、弁護団は原告から感謝されているのである。花岡弁護団自身が「敗訴したくない」との思いから「原告代理人」ではなく、原告の意志を無視して弁護団が自ら原告になってしまったと私は思う。和解を「多数決」で受け入れたとの主張もあるが、原告でもない遺族の皆さんが「棚からぼた餅」で難しい事を言わず尊厳より金と受け取る人が居ても不思議ではない。

 原告代表の耿諄さんや遺族原告の孫力さんになどには「金ではなく、尊厳」との信念があると思い、私は耿諄さんたちの「怒りと思い」を支持する。

 

※その他、この問題は下記で経緯や資料など詳細が解ります。  


私の戦後処理を問う会

 

共同発表

 

和解条項


原告・孫力氏の「花岡訴訟原告弁護団弁護士への公開書簡

 

原告・孫力氏「和解拒否声明